「よう、散ちゃん、こんな時間から何処へ行くんだい」

あの源さんですよ、ヤツがペラペラしゃべる時は

すでに一杯入ってるってことですよ、

「これから観音様へお参りだよ」

「よう、よう、お参りってーのは明るいうちに行くもんじゃ

 ないのかい、夜になって手を合わせるのは昔から恨みを

 持ってるヤツのやることだい、誰に恨みを持ってるんだい、

 まさかオレじゃねえだろうね」

「何を言ってるんだ、正月の初詣てェのは除夜の鐘が鳴り出した

 夜中に始めるのが相場じゃないか、それに昔はね、一日は

 日が沈んだ夕暮れから始まるてェのが当たり前だったんだからね」

「またまた、オレが学が無いからって口から出任せ言うんじゃないよ

 一日はお天道様が顔出した朝から始まるてェのがガキのころから
 
 決まってらァ」

「そりゃ、暦が出来たからそうなっただけで、此の国じゃ

 ユウベってェのは夜のことでアシタってェのは朝のことを

 云ったんだ、だからユウベからアシタを一日と数えていたんだよ

 どうだ、ひとつ利口になったろ」

「けっ!相変わらず口の減らねェオヤジだ、

   あーあ、残り少ない先が思いやられるわ」

と、ひととおり御託を並べたところで、千鳥足の源さんと

右と左へ泣き別れ

「まっつぐ家に帰るんだよ」

ああ、また路地曲がって反対方向へ行っちまいましたよ。

浅草ってェのは、昼間なんぞは人・人・人で寄り付くことも

できやしませんよ。

こうして宵が深くなってからゆっくりお参りするのが

いいのですよ、

お参り済ませて出店を冷やかしていこうかとぶらぶらすれば

どこも静かなモンじゃないですか、

お通夜の晩みたいで気が抜けちまいますな。

「おじさん、いっぱいやってきなよ」

看板娘に声掛けられれば、素通りできないのが浅草っ子、

「渋茶とおでんをおくれよ」

と座り込めば、そこはかとなく夕暮れ気分も湧きあがろうと

いうものじゃありませんか。

縁起物もずらりと並んだまま、

福袋も随分残ってるじゃありませんか

小さい達磨と弁天様を所望いたしまして、

「きっといいことがありますように」

と景気をつけてはみたけれど・・・

「よう、申吉っつぁん、お前さんも今年はご苦労さん

 だったね、アタシも年男だからなんとか頑張れたようだよ」

とせめて可愛い申吉に声を掛けておきましたよ。

ちょいと横を見たら、気の早い酉たちが

「コッコ!コッコ!」と鳴いてるじゃないですかね、

いくらなんでもまだ早すぎるだろうと

「シーッ!シーッ!」と追い払ったら

いきなり尻を突っつかれちまいましたよ。

この分なら来年は景気は良くなるかな・・・