「九月の第一土曜日」

たったこれだけの決め事で、一夜だけの祭りが今も

続いています。

鬼姫様が青春時代(これがあったのですよ)を過ごした北浦和の街

です。

このところいくらお誘いしても、暑いからイヤと 動こうとしなかった

鬼姫様に 

「北浦和でお祭りがあるのですが・・・」

やっぱりふるさとの街の名には敏感に反応されたようで、

帰りに美味しい食事もつけますという付録つきでやってまいりました。

北浦和西口商店街は狭い路が唯一の特徴のような商店街、

今年は阿波踊りを始めて39回目なんです、

参加連はいつも11連、いや、今年は少し増えたようですね。

その踊り連が三箇所の会場広場に分かれて踊るのですから

いったん踊りが始まると、あっという間に通り過ぎてしまうのです。

今は関東は高円寺、三鷹、神楽坂、大塚、南越谷・・・

と参加連の多い阿波踊りが各所にありましてね、

次から次と、ひっきりなしに踊り連が続いてくるのが当たり前で、

もう連の名前が何というのかなんて覚えられないほどなんです。

ところが、こちら北浦和、ひとつの連が通り過ぎると次の連まで

間があるのです。

イスに座って見る人は、そんなことは百も承知、

その待っている間に、商店街で買い物、なにしろ専門の露天商はなく、

八百屋さんの店先で店主が とうもろこしを焼いてくれたり、

スーパーの店先では焼き鳥が飛ぶように売れたりしているんです。

大きな阿波踊り祭りでは、次から次と踊り連がやってくるので、

とてもじゃないけど食べ物なんか食べてる暇もありませんよ。

ところがここ北浦和西口商店街、10~15分に一回あのお囃子が聞こえて

くるのですから、見るほうも余裕十分ですよ。

踊るほうだって、後ろからせっつかれることもありませんでしょ、

ゆったりと踊ってみんなから拍手喝采を浴びるというわけ、

この商店街が商売を続けながら、阿波踊りも楽しめるやり方を

考え付いたのは、参加連を増やさないということだったのですね。

そうとわかると、こちらも腰を据えてじっくりと楽しめるということ

ですよね。

それに、ひとつの連の人数が10人~15人、

せいぜい30人くらいが限界なんです、

だってこの狭い路地に踊り連が百人も集まってごらんなさいよ、

もう観客なんて居る場所もありませんですよ。

そして、いつも思うことなのですが、

踊る阿呆に見る阿呆がこうして同じ時間、同じ場所に集いあうわけですから

これも一期一会の出会いなんですね、

この阿波踊り、実は痩せ型よりも、太り過ぎ位の踊り手の方が、

その格好だけで笑いをさそうのでしてね、その太目のおじさんが

若者顔負けのハッスル振りにヤンヤの歓声が上がるのです。

踊り手が遠慮していると、それは見る阿呆にもすぐに見破られて

しまうのですよ。

日々の生活の中でこんなに弾けたら、みんな引いてしまうだろう

というくらいの弾け方の若い娘さんの踊りは、あっという間に

見る阿呆に伝わっていくのですす。

踊りの持つエネルギーは人数の多い少ないに比例はしないのです、

たった一人の弾けた踊り手が、同じ踊り手と見る阿呆を曳きづり込んで

しまうことを何度も目にすることができました。

いやいや、踊る人も大変でしょうが、見るほうも真剣勝負ですよ、

見終わって、おなかがペコペコで倒れるかと想いました。

昔の馴染みの店に寄ると、

店主の親父もすっかり年取っておりました、

開業して今年で39年目なんだって、

お祭りもお店も続けることこそ宝物だったんですね。

親父さんの変わらぬ味付けに舌鼓を打っていた祭りの宵のことで

ございます。