暦を作り出した人間は、

暦の中に区切りを見つけ出して粛々と時の移ろいを

己のこころに刻み付けるのです。

その区切りをつける確かな営みこそが祭りなのですね。

まだ暑さは真夏そのものであっても、暦が秋祭りを告げると

それぞれの人生の時間を持ち寄って秋祭りが始まるのです。

五穀豊穣、家内安全、商売繁盛・・・夫々の思いを胸にね。

人間の営みの中で祭りほど損得抜きで誰もが意気揚々と

前を向いていけることは他にないのではないですかね、

約束事に雁字搦めになっていても、その約束事さえも

楽しみに変えてしまう人々の念力と呼べそうなエネルギーは

どこから湧き出してくるのでしょうか、

それは祭りの持つ伝承・歴史が一番身近な爺ちゃんから息子へ

そして孫へそれぞれの血の中に伝えられているからでは

ないでしょうかね。

祭りにはみんなが集まるための祭日が決められています。

その決められた日は、他に仕事や約束があっても、それを

反故にする強制力があるのです。

祭日とは神様と人間との約束した日なのですから。

昨夜は宵宮、五カ町総力の神輿渡御に祭り気分が

盛り上がりましたね、

本日は各氷川神社の例祭、

今年の夏は雨ばかりで天気に恵まれませんでしたが

どうです、この抜けるような青空、久々の祭り日和

でありますよ。

神輿の宮入りは何処でも暗くなった中で行われるのですが、

千住の宮入はまだ明るい内の宮入なので、もたもたしていると

終わってしまうのですよ、汗を拭き拭き二丁目のお神酒所

へ駆けつけると千住神社の神輿宮入りに何とか間に合った

ようです。

行きつ戻りつ何度かもみ合ったところで棟梁の木が入って

きれいな宮入りでございましたよ。

二丁目の宮入を見届けると、三丁目本氷川の神輿宮入へ、

お囃子の音に誘われて駆けつけると、四丁目氷川神社の

神輿との揃い踏み、いやいや盛り上がりますな、

西日が燦々と降り注ぐ中で

最期の揉み合いが始まりましたよ。

「そんなんでいいのか、」

周りで見つめていた世話役のひとりは我慢できずに

飛び込んでいく、

「ワッショイ! ワッショイ!」

若衆も爺ちゃんもみんな一緒に我を忘れて

「ワッショイ! ワッショイ!」

何度も何度も行ったり来たりを繰り返す

永遠に続いてたらどんなに幸せだろうか・・・

「真ッつぐにそろえろろ!」

最期の激が飛ぶ、

みんなの息がピタリと合ったところで

世話役の拍子木が高らかに宮入を確認したことを

響かせると神輿がピタリと止まった。

誰ともなく「ウオーッ!」という叫び声が上がった。

最期の手打ちが此の場に居合わせた全員で締められると

みんなの顔にほっとした安堵と一抹の寂しさが漂い始めて

おりました。