眠い目を擦りながら茶の間に行くと、懐かしい炭の臭いがした。

見ると何時の間にか出してきたのか、火鉢に火が熾してあり、

五徳に乗せられた鉄瓶から湯気が上がっている。

「おはようございます、

どうしたんですが火鉢なんか出して・・・」

「毎日時間に追われて生活しているようでしょ、

少しゆったりと過ごそうと思って手のかかることを

してみようと思ったのですよ」

「手の掛かるのはアタシで十分でしょう」

と出かかった言葉を呑み込みました、

余計なことは言わぬが華だといやというほど

教えられてまいりましたのでね。

鬼姫様は料理人であり茶人でもあるので、炭の扱いには

馴れているのですがまさか、朝から炭まで熾し始めるとは、

「杵で突いたお餅をいただきましたので、

その火鉢で焼いてくださいな」

まだ柔らかさの残る餅を網の上に乗せると、餅焼き番に早代わり、

火を見つめていると不思議と心が穏やかになるものなんですね。

少し焦げ目が付き始めた表面がパクリと開くといい塩梅に膨らんでくる。

「焼けましたよ」

手際よく澄まし汁に入れると即席お雑煮の出来上がり、

ふうふうと熱々の餅を頬ばると、急に子供の頃に帰った

気がいたしましてね。

少し部屋の空気を入れ替えようと窓を開けると、

庭には薄っすらと雪の跡、

「夜中に雪が降ったのですね」

「今頃気づいたのですか」

何だか急に雪景色が見たくなり、

「出かけてみませんか」

「それでは、炭を買いに行ってくださいな」

どうも備長炭は火力が強すぎて、火鉢には向かないらしいのです。

「それじゃ、植田屋のオヤジさんを訪ねてみましょうか」

こうしてあちこち雪の残る道をいつもの町へと向かうのでした。

此処は今も昔を頑なに守る稀有な町、

「あれ二人揃ってどうしたのさ」

「切り炭が欲しいのだけど」

「何に使うのさ」

「火鉢に毎朝火を熾そうと思ってさ」

「うちじゃ扱ってないけど、今頼んであげるよ、

しばらく時間つぶしするんだろ それまでには

持って来てもらっておくから」

一銭にもならないのに、早速電話で頼んでくれましてね、

だから、ついこの町に来てしまうんですよ。

町を歩くと、小野川縁りで茂左衛門さんとばったり、

「こっちも雪降ったんですね」

「朝、目を覚ましたら雪だったんだよ」

寒いわけですよ、今年の挨拶を済ませると町中をふらりぶらり

中村商店の蔵の上にも、

「夢時庵」の屋根にも、並木商店の裏路地にも

薄っすらと初雪の名残り・・・

すっかり冷え切ってしまった身体を暖めに

最近お気に入りの「しえと」さんへ

格子戸ぬ奥の中庭に残った雪を歪んだガラス越に眺めながらの

珈琲が美味しい。

「どうですか、ノンビリとした時間が過ごせましたか」

せっかちだとばかり思っていた鬼姫様にもこんなゆったりとした

刻の過ごし方があったとは、50年目の再発見でした。

このままのんびり帰るつもりでおりましたら、買い物があるからと

あの八百屋さんへ。

案の定、八本入りの大根を持たされ、植田屋さんへ、

炭の目一杯詰められた袋二ヶ、

やっぱりただノンビリはさせていただけませんですよ。