南千住・三河島・町屋・三之輪の61ケ町を氏子に持つ

素盞雄神社は平成七年に千二百年祭を行った由緒在る

お社なんですね。

毎年 六月二日が宵宮祭、六月三日が例大祭なのですが

宮神輿が三年に一度出輿する年を本祭りとして、

六月三日に近い土日に盛大な御本社神輿の巡行祭が行われる

のです。

今年はその御本社神輿が見られるというので各氏子町内は

盛り上がりをみせておりますよ。

朝の七時に宮出しを終えた境内は、露店が並び子供達のはしゃぐ声が

響き渡っておりますな。

さて、本日は各氏子町内をのんびり歩いてみますかね、

昨日も高木神社の大祭で歩き回っていたので足が攣りそうですが、

慌てなければ大丈夫でしょう、

宮神輿は夕方六時頃にお旅所になっている町屋の原稲荷神社に

参りますので、それまでは各町内神輿を見て歩こうと

いうわけですよ。

まずは宮元奈哥睦町内では路地の奥から子供達の賑やかな声、

おうおう、太鼓の音が鳴り響き子供神輿が二天棒で右へ左へと

見事な神輿振りをみせてくれましてね、次世代を担う祭り衆を

きちんと育てていることに感激いたしました。

諏訪睦さんでは町内大人神輿の準備中、神輿の組み立ては実際に

やりながら教えてもらうという方法(祭りに予行演習はないのです)

しかないので若衆たちはみんな真剣ですよ、もし間違ったまま神輿を

担ごうものなら物笑いの種にされちまいますからね。

若睦町内では、細い路地の奥まで神輿が入っていきます、

二天棒ならではの神輿渡御ですね、この細い路地では四天棒や六天棒では

入ることさえできませんからね、そこへきて、この細い路地の中での

神輿振りが始まるのです、神輿が家の屋根にぶつかるのではないかと

はらはらしながらみつめるのも天王祭りの醍醐味でございますな。

二時間ほど各氏子町内を巡り、昨日伺った荒川中央通りの

お神酒所にて再び 熊坂長範に手を合わせ町屋町内へ。

そこへ丁度宮神輿が町屋睦の若衆に担がれてやってまいりました。

天文十年荒川洪水の折、町屋村杢右衛門が御殿野(現町屋)に

古き神輿を得て本社に納めてより、宮出し、宮入りは町屋衆が

行っているとのこと、お旅所が町屋の原稲荷にあるのもそういう

歴史があったのですね。

行徳の浅古周慶作の大神輿は、南千住三之輪・三河島・町屋の

三地区の若睦によって渡御するのだそうで、いよいよお旅所への

路地を白丁姿の町屋氏子連によって運ばれてきた宮神輿が到着

いたしました。

三年前、このお旅所からの還御祭はしっかりと目に焼き付けておりますが、

お旅所へ入ってからの一連の祭事は初めてなので、目と耳を凝らして

見つめております。

確か還御際は神輿は凰車に乗せられてお帰りになったはず、

すると宮神輿の飾り物が次々に外されていくのです。

屋根の大鳥、飾り網が外されると、新たな鳳凰、飾り綱が運ばれてくる、

もしかしたら、神輿から鳳輦(ほうれん)へと変えられていくのでしょうか、

屋根の大鳥を鳳凰に変える意味は・・・

鳳輦は天皇のハレの儀式の行幸に使われるもの、神幸祭などでは

鳳輦が神のお乗りになる輿として登場しますので、天王祭の還御も

鳳輦の様式がとられているのかもしれません。

やがて、凰車が運ばれてくると、宮神輿は凰車に乗せられ担ぎ棒が

外されるとそれは堂々たる鳳輦のようでした。

お旅所の所定の位置に収められると、

町屋氏子十五地区総代参加の御旅所奉遷の儀式が斎行された。

さて、今宵一夜をゆっくりとお休みいただき、明日の還御祭に

そなえますかね。

すっかり暮れてしまった町には、町内神輿の威勢のいい掛け声が

響き渡っていた祭り旅の途中のことでございます。