『夏 は 来 ぬ』

   作詞者 佐々木信綱
   作曲者 小山作之助

卯の花の 匂う垣根に 時鳥 
早も来鳴きて 忍音もらす、夏は来ぬ

さみだれの そそぐ山田に 早乙女が 
裳裾ぬらして 玉苗植うる 夏は来ぬ

散歩の途中で卯の花を見つけましてね、

思わず『夏は来ぬ』を口ずさむ、

「あっ、そうだホトトギス!」

そうあのホトトギスの忍音の季節なんですよ、

確か昨年は筑波山の麓であの忍音を聞いておりました、

今年は春からいろいろな国難が襲い掛かり、

季節を楽しむなんていうこころをすっかり失っていますよ、

 杜鵑、時鳥、子規、不如帰、杜宇、蜀魂、田鵑

これぜんぶホトトギスと読むのですね、

古人たちは、あのけたたましいホトトギスの鳴き声に

いろいろな想いを重ねていたんです、

その想いの丈があの鳥を表す沢山の異名を

作り出したのでしょうね。

さて、今年の忍音は聞くことができるだろうか、

期待に胸膨らませて訪ねたのは逗子の神武寺です、

『医王山来迎院神武寺』

聖武天皇の勅願で神亀元年(724年)行基菩薩が開いた

という由来を持つ古刹であります、かの北条政子も実朝も

信仰したという古刹も今は古代の趣を取り戻したように

鬱蒼たる森の中にその佇まいを見せてくれているのです。

実朝は鎌倉からわざわざこの神武寺を訪ねているのですが

多分道なき道を分け入るような寂しさの中で18歳の青年に

課せられたもろもろの想いも強くなっていたのではなかった

でしょうか、

かつては修験の山であった神武寺の森、今は下を通る

横須賀線の音さえ身近に感じる山路なのですが、

ゆっくりと登ってくるといつのまにか実朝の時代へ

紛れ込んでしまいそうな雰囲気だけはしっかりと

残されているのです。

昨年もここ神武寺を二度訪ねているのですが、

どちらも大雨と大風に見舞われ、まるで進入を拒まれて

いるかのようでした。

梅雨に入った翌日から真夏のような上天気、

まさに薫風爽やかな中をゆっくりと登っていきます。

それにしても急坂ですね、とても一度に一気に登れるほど柔な坂道

ではありませんで、何度も立ち止まっては息を整えては歩き出す

という按配で、やっぱり体力の衰えは紛れも無い事実で

ありますな、まあ、慌てなければ何とか辿り着くことはできますよ。

相変わらず誰もいない静謐な境内、鐘楼脇を抜けてご本尊薬師如来を

祀る薬師堂へ、

ご開帳は33年に一度だとか、もうお目にかかれることはないと思いますが

そっと手を合わせました。

その時でした、

「キョッキョッ キョキョキョキョ!」

すぐ側の大樹の上です、

まさか本当にホトトギスの忍音が聴けるなんて・・・

あの血を吐くような真っ赤な喉を震わせて

今年の初音をたったひとりで聞く嬉しさよ、

予想が的中するなんていうことは長い人生の中でも

滅多にあることではありませんですよ、

きっと傍に誰かがおられたら気持ち悪いと感じたかもしれません、

ひとりニヤニヤ忍音に笑みが漏れる旅の途中でございます。