元土佐藩士の家に生まれた大町桂月(1869~1925)は

近代日本の詩人、歌人、随筆家、評論家として活躍をした文人です、

終生酒と旅を愛し、百年前のこの国の地方各地を、自ら訪ね

その印象を克明に記した和漢混在の独特な美文の紀行文は

今読んでもまるで一緒に旅をしている気分にさせてくれるのです。

今から百年前、東京は霊岸島から汽船に乗って房総を訪ねた桂月先生は

東京湾の船上からひときわ目立つ鹿野山を目指した旅を始めていたのです。

『聞く、深山の平地は、禪を修するに適すとて、

 弘法大師は高野山を開けりとかや。

 天下に山は多けれども、山頂に平地あるは、

 關西にては、ひとり高野山あるのみ。

 關東にては、ひとり鹿野山あるのみ。』

       大町桂月著 「鹿野山」より

よほど房総の地が御気に召したのか何度か旅先に

この房総半島を選んでいるのです、

中でも鹿野山の印象はその歴史、景観ともに今でも

大変興味深い地でもあるのです。

梅雨の合間の曇り空の下、さっそく鹿野山を訪ねます。

「大正二年の夏、上總の鹿野山に遊びて、鹿野山二十詠を作る。

  これ歌に非ず、三十一文字の案内記也。」

と記した詩を何度も詠みながら私の旅を続けてみようと思います。

  『山頂の平地ぞ世には類ひなき西は上町ひがし下町』 桂月

と詠んだ鹿野山宿は今も何軒かの食事処と宿屋がある、

  『八尾八作八峯八つ塚大杉の森の中なる大伽藍哉』 桂月

聖徳太子が建立したと伝わる神野寺は昔そのままのように、

修行の寺に戻っておりますよ、

本堂で手を合わせる、境内の枝垂桜が豊に葉を茂らせている、

来年は、またひとつ見たい桜を見つけましたよ。

鶯の鳴き声に思わず見上げる大樹から、一羽の鳥が飛び立った。

「キョッキョッ キョキョキョキョ!」

おいおい、ホトトギスじゃないか、

鶯の谷渡りというのは聞いたことがありますが、

飛びながら鳴き続けるホトトギスを見たのは初めてですよ。

(白鳥の社)

それにしても下手な飛び方でありますな、ヨタヨタというのが

正しい形容の言葉です、子育ても下手なら、飛び方も

ぎこちなかったのですね。

なんだかあの独特の鳴き声まで、おっちょこちょいに

感じてしまいますね。

  『白鳥の社に落つる涙かな日本武尊の昔おもへば』   桂月