「朝顔の種は牽牛子(けんごし)と言うのだそうじゃないか」

と誰かが呟いたの聞き逃さなかったお人が江戸の昔にもおりましてね、

「それじゃ七夕に朝顔の鉢を売り出したら売れるかもしれねぇな」

と七夕の日に入谷鬼子母神に並べてみたらこれが大当たり、

それが恒例の朝顔市になって、今じゃ夏の風物詩、

まつりのきっかけなんてものは、大抵はそんな些細な事が多いのですよ、

後はいかに続けるか、世の中は永い歴史の中で、やれ大震災だ戦争だと

お祭りどころじゃないことがありますよ、

一時中断しても、また残り火があれば、火はつくのですよ、

ブスブスと燻っていた残り火に風が吹き込むと、メラメラと

燃え上がるのが人間の心と同じでしてね、そうやって今年も

入谷にどっと人の波が・・・

勿論、アタシは誰はばかること無いお祭り大好き爺ですから

ちゃんと浴衣に下駄の音響かせてやってまいりました

入谷の朝顔市でございます。

ちょいと失礼してまずは鬼子母神様に手を合わせ、

そういえば、こちらのご本尊様も浅草の観音さまと同様に

一寸八分のお姿なのだとか、いえ、めっそうもございません

アタシもまだお目にかかったことはございませんよ、

なんたって「恐れ入谷の鬼子母神」さまでございますからね、

姿形に拘らないのが、日本の純粋な神様、仏様というものですよ、

どこかの教祖様が妙な服装でTVに出て来て何をしゃべろうと

アタシは手なんか合わせませんがね。

そうそう、鬼子母神の境内で、お守りを所望すると、

ちゃんと火打石でカチカチと御祓いまでしていただけるのですよ、

そのお守りを懐に、朝顔鉢を探しにまいりますかね。

といつものブツブツ独り言を済ませていざ朝顔の元へ、

朝顔の見立てなんて素人のアタシ等にはちんぷんかんぷんですよ、

こんなときに、知ったかぶりで品定めするのは具の骨頂、

「オヤジさん、明日の朝、よく咲くヤツを選んでおくれよ」

オヤジさんは朝顔つくりのプロですよ、

すっと見回して、やおら鉢を取り上げると

「ここと、これと、こっちの蕾は間違いなく明日の朝咲くよ」

「それじゃ、そいつをいただきますよ」

このくらいてきぱきとことが進むというのが、下町の朝顔市で

ございますな。

鉢を抱えて、今度はゆっくりと朝顔市の雰囲気を楽しむのですよ。

もうすでに、手には朝顔鉢を提げているので、それ以上は

買ってくれとは言われないのですよ。

昔は、かわいい女性の売り子の流し目なんてのにまともに食らうと

両手に下げられるだけ買っちまうなんてことになったもんですが、

こっちも伊達に歳は食っちゃいませんよ、

そうだ、あの一色の団十郎はないだろうか・・・

あっちの店、こっちの店を冷やかしながら目はらんらんと

物色していると、さすがに年季の入った商売人は見逃しは

しませんよ、

「旦那さん、いや社長さんお探しは・・・」

ついこの掛け声に足が止まるからあの笑顔附きの言葉は効き目が

ありますな、

「団十郎の一色が欲しいのだけれど・・・」

「ありゃ、近頃人気でね、売り切れちまったな、

こちらの四色咲きはいかがですか、一色は団十郎が入ってまさぁ」

四色咲きならすでに手に下げておりますよ、

残念そうな顔をしてそのオヤジの店を後に、更に目を皿のように

歩き回れど、団十郎はお目にかかれず、

まあ、こんなこともあろうかと秘策を胸にいつもの

おばちゃんの店へ、

「今年もやってきたよ」

「あら、旦那お元気でよござんした」

「ところであるかな 団十郎」

「朝からみんな売れちまって、でもとってありますよダンジュウロウ」

店の奥から大事そうに出してくれたのは、飛び切りの大鉢、

「いいね、今年はいい年になりそうだよ」

二年ぶりなのに忘れないでくれたんです、

商売人とはこうじゃなければね、

「宅急便で送りますか」

「いや、持って帰るよ」

その大きさは、四色咲きのゆうに倍はあるのですから、長身のアタシが

下げても地面に着きそうな大振り鉢を片手に、人込みをぬって歩く心地は

得も言われぬ楽しさなのでありますよ。

左手に傘、右手に朝顔抱えて下駄音も高らかに

「カラン・コロン、カラン・コロン」

今年の夏が顔を出す朝顔市でございます。