仕事を終えて背伸びすれば

「ヤレヤレ今日も無事終わったか」

と気が抜けますな、

ところが表は昨日の雨がウソのようにお天道様がニコニコ顔で

ほころんでおりますよ、

「さてと、いつもの散歩に出かけるかな」

浅草寺の裏からヨタヨタと歩き出すと、

物凄い人波、

「あっ!そうか今日はほうずき市だった」

そう 四万六千日 ですよ、

この日に一度お参りすれば 四万六千日分のご利益がいただけるという

夢のような一日なんですよ、

四万六千日というとえーと126年分、昔の人ははなから眉に唾つけて信じた

振りしながら手を合わせていたのかもしれませんが、

かの大隈重信公は人生125年説を信じていたといいますから、

まんざら「そいつは眉つばだ」とはいえないかもしれないですよ。

まあ、信ずる者は救われる のですから、どうぞお参りくださいな。

アタシなんぞは子供の時から、もう何十回もお参りしているので、

きっと死なないかもしれませんですよ。

えーと、60回お参りしていると 126年掛ける60で・・・7560年分の

貯金があるわけですよね、ニヤニヤ、

ちょっと待ってくださいよ、

殺生、盗み、邪淫、飲酒、妄語(うそ)の罪を犯した者は

三途の川で待ち構えている閻魔大王さまに

「お前は地獄へ行け!」なんて言われたらどうします、

アタシも口から出任せのウソなんて日常茶飯についておりますでしょ、

大叫喚地獄なんてところへ落とされるとね

その地獄での寿命は8000歳なんですって、

これは人間界の時間に直すと6821兆1200億年に当たる

ってんですから7560年分の貯金なんて焼け石に水

みたいなモノじゃないですかね。

あんまり欲を張るとロクなことがないと知るべしでございますな、

それでね、近頃は遠慮しながらそっとお参りしてるのですよ。

つい先日、愛宕様の千日詣りに伺ったばかり、四万六千日なんて欲張らず

千日くらいがちょうどいい頃合だと、気持ちを落ち着かせていたんですがね、

この押し寄せる人波をみていたら、

「こりゃ、落ち零れてしまうかもしれないよ」

と慌ててお参りしてしまいましたよ。

勿論、雷除けのお守りはしっかりいただいてまいりましたがね。

本堂を出ると階段の下で、やけにニヤニヤした源さんが待ち構えてる

じゃありませんか、

「よう、まだ命が惜しいか!」

第一声がこれだ、

「バカ言うな、雷除けのお札をいただいてきただけだよ」

「そうかいそうかい、ところで手ぶらで通り抜けるわけじゃないだろうね」

「ホウズキはこの前、愛宕様の千日詣りでいただいてきたばかりだよ」

「愛宕様は愛宕様、こっちは浅草、付き合いってものがあるだろうよ、

御姐さんこっちの旦那がほうずき所望だよ」

あっ、余計なこと言いやがる、

「旦那さん、これなんかよござんすよ」

こうなりゃ、断る理由がありませんですよ、

「ひとつ包んでおくれ」

「ひとつって縁起が悪いじゃないか」

また源さんの余計なひとことが・・・

「旦那さん、まだ左手があいてますよ」

「じゃあ、もうひとついただいていきますか」

両手にホウズキ鉢をぶらさげて、これじゃ写真も撮れやしない。

「それでなきゃ浅草っ子じゃないよな、通行料だと思えば安いもんだ」

あの源さんの嬉しそうな顔たらありゃしませんよ。

「あの、ホウズキを選んでくださいます」

源さんとアタシはおしゃべりがぴたりと止んじまいました。

「この世にこんな美人がいたのですよ」

源さんは

「そこの汚ねえ手拭どかしなよ、ほらその一番上等のホウズキを」

急にそわそわし始めたと想ったら、

「散ちゃん、ほらもうひとつ分出しな、いえ、いいんですよ、縁起物を

おすそ分けするとこっち爺まで幸せになれるんですから」

「すいません、それでは遠慮なくいただきます」

「どうだい、早速ご利益があったろう、あんな美人に声をかけて

もらっただけで寿命が延びるってもんだ」

ヤレヤレ、大枚が消えちまいましたよ、

これじゃうなぎも食べられやしない、

「おっ、このバチ当たりめが、残りの人生でこんないいことは二度とないと

想いなよ、四万六千日分のご利益全部吐き出したってあんな美人にはお目に

かかれやしねーぜ」

「そうか、あの美人は観音様だったんだよ、

 アタシらが真面目にお参りしてるから

 きっと目の前に現れてくださったということさ」

「そうか、四万六千日分のご利益ってこれだったんだ」

二人の爺は、今でも夢見る心地のホウズキ市の宵でございます。