「 祇園精舎の鐘の声
 
  諸行無常の響きあり

  沙羅双樹の花の色

  盛者必衰の理をあらわす

  おごれる人も久しからず

  ただ春の夜の夢のごとし

  たけき者も遂には滅びぬ
 
  偏に風の前の塵に同じ 」

これは『平家物語』冒頭の書き出しです。

この『平家物語』をもう一度読み直しておりますと、

源氏と平家が争い、平家が滅びていく過程を克明に記して

いるのです、しかし読み進んでいくと日本人の大好きな

勧善懲悪物語ではないのですね、

どんな立場の者でも、必死に生き抜くために、喜怒哀楽を

むき出しにするその表情までが読み取れると、思わずのめり込んで

しまうのです。

『平家物語』にはどれほどの人々が登場するのでしょうか、

諸行無常の世にあって必死に生きる叫び声に耳を傾けていると

其の声は、八百年後の今の世まで響いてくる気がするのです。

戦に明け暮れる男共のなかで、透き通るような女性の姿が

垣間見られることに、古人たちは何を重ねていたのでしょうか、

権力の前で翻弄されていく祇王、祇女、仏御前の悲しみ、

天下第一の美人と言われた藤原公能の娘の生き方、

もののけに取り付かれた建礼門院、

冷泉大納言・隆房が見初めた小督の翻弄される人生、

戦乱の世に生きた男達の陰で密やかに生きた女性の姿を

想像しながら読み進む中に一人の女性が現れましてね。

巻の十 329段に「横笛」という女人が登場するのです、

三条の斎藤左衛門茂頼の子で、もとは滝口の武士・斎藤時頼は

建礼門院の雑役に使われる下仕えの「横笛」という女を寵愛して

しまうのです。

父の茂頼は身分の違いを理由に猛反対をするのです、

時頼は父と横笛の間で心が乱れ、横笛に想いを寄せれば父の命に

そむくことになると、時頼は19歳で出家し、嵯峨の往生院で修行生活に

入ってしまうのです。

時頼の出家を知った横笛は失意の中で、一度でもいい逢って真意を

知りたいと、春風の吹く梅津の里の往生院まで訪ねてくるのです、

しかし、時頼は、

「そのような人は此処にはおりません」

と共の者に伝えるの

です。

横笛は失意の中で恨めしく想いながら帰っていきました。

その後、時頼は横笛が出家したことを知るのです。

奈良の法華寺にはその横笛の像といわれるものが伝わっていたといいます、

梅と椿の花が咲きそろった三渓園にもその横笛を忍ぶ 「横笛庵」が

密やかに残されています。

梅の花に囲まれた藁葺き屋根の横笛庵には、『平家物語』を

読み終えた後で訪ねてみると、人の世の悲しみがひしひしと

伝わってまいります。

安置されていた横笛の像は現在は消えてしまいましたが、

『平家物語』とともに永遠の命を持ち続けるのでしょうね。

静謐な庭園の片隅で往時の人の心を感じ取っていた旅の途中のこと。