この国には古来より花を愛でる習慣が数多く

伝えられておりましてね、

中でも仏教との関係から 蓮の花は広く愛されてきた

花の代表なのですね。

しかし、蓮の花は夏の明け方の四時とか五時頃に咲いて

しまうので中々咲く瞬間を見ることが出来ないのです。

奈良時代から貴族の間ではその蓮の花の開く瞬間を

愛でようと『観蓮節』などという宴まで行われておりました。

やがて世の中が殺伐としてくると、

暢気に花など愛でていることなど世間が許さなくなる

のは昔も今も同じでしてね、

花を愛でる習慣は平和な時代の象徴なのですよ。

江戸の太平が続いていた頃、文人と称する粋好みの遊び人たちが

上野の不忍池でこの『観蓮節』の宴を復活させようと

集まってまいりましてね、

 法の花 音して開く 蓮の花

とか

 暁に 音して匂う 蓮かな

などという戯れ歌を残したものだから、

いつしか

「蓮の花が咲く時は ポッと音がするらしい」

という噂が流れましてね、

そのうち「オレはその音を聴いた」なんてヤツまで現れる始末、

まあ、大抵の人は、洒落か冗談だと聴き流したのでしょうが

学者という人はそれが事実かどうかを検証しなければ収まらない

方々でして、

昭和10年、此処不忍池で「観蓮節」を復活させようと、

「蓮博士」の大賀一郎、

植物学者の牧野富太郎、

生物学者の三宅驥一の各先生方が集まりました。

弁天堂の石橋付近で実地検証した結果は

「蓮の花の開く際は発音は伴わず」と新聞にまで発表したので

喧々諤々異論反論が渦巻き、とうとう翌年マイクまで用意して

再度検証されたのですが、音は聞こえなかったという結論に・・・

何でそんな夢を破ることをしたのかは学者の権威にかかわる

重大事にも思えませんがね。

実は最近、岡山の後楽園で午前四時から「観蓮節」が行われていると

聴き、昨年の「観蓮節」、知人に確かめるように依頼いたしましたが、

当日、開花を待っていると「咲いた!」という合図と共に

一斉に携帯が「パシャ、 パシャ、パシャ」

とうとう確かめられなかったとのこと。

実はそーっと耳を近づけ、息を殺して待ち構えていると

微かに「ポッ!」と聞こえるんです、いや、正確には

聞こえたような気が致しました。

あなたも早起きしてそっと息を殺して待ってみませんか、

きっと聞こえますから、でも、もし聞こえたからといって

新聞社やTV局などには絶対に知らせないでくださいよ、

必ず学者と称する偉い先生が出てきて夢を壊してしまいますからね。

ほら ネッ! やっぱり聞こえるでしょ・・・

上野 不忍池の辺にて