突然響きわたる鐃鉢(にょうはち)の音と

「ホッホッホー」の奇声が響くと舞台の幕が開いた、

不気味な面をつけた二人はどうやら亡者らしい、

舞台の四方に塩をまき、

舞台を清めると幕が閉まる。

息を詰めて眺めていた観衆がフーッと息を吐く、

次に何が始まるのか、期待と内容が地獄を表すと

聴いていただけにちょっと不安が過ぎるのです。

本来であれば「大序」の中で行われる虫封じを

暑さのために赤ちゃんがまいってしまうといけない

ということで、最初に虫封じの呪いが行われた、

赤ちゃんの中で悪さをするというカンの虫を

脅かして封じ込めるというので、

赤ちゃんが次々に登場、

鬼婆に抱かれて唸り声に泣き出す子、笑い出す子、

今年は12組の若い親子が舞台を盛り上げてくれました。

再び小さなドラのような鐃鉢が打ち鳴らされる、

どうやらこの鐃鉢の音が幕開けの始まりの合図に

なっているようです。

「大序」の幕が開くと、

舞台は地獄の閻魔の裁き所に変わっている。

下手から現れたのは閻魔大王、

足を大きく跳ねまわしながら四隅を

踏みしめると鏡の隣の床机に腰を下ろす。

次に倶生神(閻魔大王の書記役)が同じく

四方を踏みしめ、鏡の横に座る、

鬼婆、黒鬼、赤鬼が次々に現れると、

女の亡者が舞台に這うように登場する、

鬼婆はその亡者を倶生神の前に引きづり出す、

閻魔大王が

「倶生神、鉄札の面ようく改め見よ」

倶生神が鏡にその亡者の顔を映す、

どうやらこの鏡は、生前の亡者の生前の姿が

映し出されるというのです、

恐ろしいですね、生前の悪事を今この場で

指摘されるのですから逃げようがありませんですよ。

だから、生きているうちに善行を積みなさいという

暗示が隠されているのですね。

「この亡者、娑婆世界の大悪人なり、

   獄舎へ押し込めおけ」

と沙汰を伝えると黒鬼、赤鬼がが

亡者を捕まえて舞台を去る。

第二幕「賽の河原」が開く、

「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、

  帰命頂礼、地蔵尊、これはこの世と

    こと変わり 賽の河原の初旅に・・・」

謡が流れると、亡者が竹の杖に両手をかけ、暗闇を探るように

のそのそと歩き出す、

後ろには子供の亡者達が続いている、

腰をかがめると小石を拾い、積む仕草、

突然、現れた黒鬼、赤鬼がその積み上げた石積みを

蹴散らすと、

「汝等父母娑婆にあり」

「朝夕ただ むごいや可愛いや いとしやと思うばかりにて」

「追善供養の心はなし」

「皆、汝等の罪となる」

言い放つ。

いかに追善供養が大切かを解くのです。

鬼達に追われ亡者達が逃げ惑うところに

地蔵が登場する、

地蔵は鬼を打ち払い、一人の子供亡者を抱き上げると、

後ろに他の亡者を引き連れて部隊を去っていく。

ここでも、地蔵信仰の威力を見せ付けるのです。

「ああ、昔、アタシの婆ちゃんが

  話してくれたのはこのことだった」

と妙にしんみりと見つめてしまいましたよ。

第三幕「釜入れ」

舞台の中央に大釜が設えてある、

鬼婆が渋団扇を扇ぎながら大釜の火を扇いでいる、

鬼達があの女亡者を連れてくる、

どうやら裁きが決まったらしい、

釜ゆでの刑らしい、大釜に入れられた亡者は熱さに堪らず

逃げ惑うが鬼達に抑えられ茹で上げられていく。

「そろそろ茹であがったぞ」

「首でも切って喰らおうか」

鬼が叫ぶ、なんと恐ろしいことでしょうか、

その亡者は、棒に吊り下げられて舞台を去っていく。

第四幕「死出の山」

舞台には鬼婆がいる、そこへ鬼に追い立てられた

亡者がよろめきながら現れる、

「よしよし、死出の山の呵責にいたそうか」

下から追い立てられ死出の山を登る亡者を、

山の上で黒鬼が待ち構え、

大石を振り上げて殴りつける、

血を噴出しながら、転げ落ちる亡者、

そこへ登場したのが観音菩薩、

「鬼王、この罪人を許せ、離せ」

此処から鬼が離す言葉が現代人にもグサリと刺さりますよ、

「堂塔仏閣に一度の参拝もなく、一紙半銭の施しもなく 

昼は世路の暇を惜しみ 夜は鷲鳶の衾を重ね 

空しく 財色滋味をむさぼるばかりなり」

「鬼王たちの申すところ道理であるが、それでも許せ」

と観音菩薩が立ちはだかり、ついに亡者を連れて行く、

舞台には卒塔婆が立てられている、

鬼達は口惜しがり、その卒塔婆を引き抜くと、

「亡き人の今は仏となりにけり 名ばかり残す苔の下露」

云い終わると卒塔婆を前に投げつけ幕が引かれた。

勧善懲悪、因果応報をこれほど判りやすく演じる舞台劇を

わずか24戸の集落が800年もの間伝承続けていることこそ

奇跡以外の何ものでもありません。

ああ、アタシの大好きだった婆ちゃんがこれをみたら、

「ほらな、婆ちゃんの話は本当だろう」

と鼻の穴を膨らましたでしょうね、

今年は鬼来迎保存会に若い人が一人参加したとのこと、

唯一残った「鬼来迎」が末永く伝承されていくことを心から祈った

旅の途中のことでございます。

(2016年8月記す)