あの祭りの日の稲光がもたらした驟雨は

暑かった夏の日まで冷やしてくれたのだろうか、

もう秋を感じさせる涼しい日が続いたあとで

ぶり返しのような夏が顔を現したのに、

あの暑さに馴らされた身体の方は当たり前のように

その夏の日を受け入れていた。

「これくらいの暑さは歩くのを止める理由にはならないさ」

それよりも元気でいられることの方が嬉しかったのかもしれない。

山に向かうつもりがこの町に寄ろうと思ったのは、

思い出に浸りたかったのだろうか。

この町の何処を歩いても、その路地に立ち止まり、空を見上げても

麗しい人との語り合ったあの日が蘇るのです。

義母(はは)は大正生まれの人なら当たり前のように

きもので日々の暮らしを過ごしており、

その佇まいはまるで夢二の世界を目の前に見せて

くれるようでした。

その娘さんを嫁にと申し込んだ時、

反対した義父(ちち)を説得してくれたのも

この義母でした。

きもの姿の義母を何度かこの町に連れてきたのは、

その義母の麗しいきもの姿を目に焼き付けるため

だったのかもしれない、

この町の蔵の前で微笑んだ姿をね。

「あなたがお酒を呑めたらね・・・」

義母と娘は、渋茶でニコニコしながら見つめている私の前で

美味しそうに酒を呑んでいた光景が浮かんでは消えた。

そんな元気だった義母が突然倒れ、

たった一日で旅たってしまったあの日から

今でも何処かで生きているに違いないと想い続けているのです。

あの時一緒に美味しそうにお酒を飲呑んでいたあの娘さんは、

義母の形見のきものに袖を通した、

「どう 似合う?」

そういって振り向いた姿はまるで義母があの日のまま

現れたかと思うほど美しかった。

「私ね、父も母も同じ歳で亡くなったから

 その歳が寿命だと思うの」

「それじゃもう十年ないじゃないですか」

ふと交わした会話にドキリ!とさせられた日以来、

残された日々を大切にしたいと・・・

「ねえ、あの町を訪ねてみませんか」

頷いたあのの時の娘はきものをまとい母の姿になっていた。

「このままここで宵待ちをしませんか・・・」

「そうね、美味しいお酒が呑めそう」

まるで母の口調のようにあの日の娘はそっと微笑んだ。