旅の目覚めはなぜか早い、宿の朝食までの時間が

やけに永く感じてしまうものですね。

宿の下駄を突っかけて散歩に出かける。

神社の朝は早い、参道を若い禰宜さんが落ちた桜葉を

かき集めている。

「お早ようございます」

声を出した瞬間に身体に生気がみなぎる。

総門を潜ると芳しい香りが辺りに漂っている、

「金木犀か・・・」

辺りをを見回したがそれらしい木は見当たらない、

どこから漂ってくるのか不思議に思っていると、

目の前に仰ぎ見るような大樹が聳え立っている、

天然記念物の薄黄木犀、樹齢1200年とある。

この金木犀はこの三島の地に起きた歴史をじっと

見続けてきたということになる。

伊豆に流された源頼朝は、源氏再興を祈願して

百日間毎暁、蛭の小島より日参したという、

その時ひとりの従者が警護のために待ち続けたという

跡も残されている。

その安藤藤九郎盛長を偲ぶ。

境内の玉砂利を踏む下駄の音が朝の静寂を破るように響く。

「ドーン、ドーン!」

本殿から太鼓の音が響き渡ると、

どこにそんなにいたのかと思うほどの

神に仕える禰宜さんが、巫女さんが玉砂利を踏んで

本殿に集まってくる。

神主の祝詞が低く長く聞こえてくる。

毎朝の神への祈りが始まったのである。

多分、千数百年に渡って途切れることなく続けられてきたに

違いないその儀式を朝の光が浮き上がらせている。

その朝の光の中でいちばんはっきりと目で見えるものは、

緋の色だということに気づきました。

緋とは茜に黄を混ぜた色で、本当に目の覚める覚めるような

鮮やかな明るい色です。

巫女の身につける白の小袖と緋袴が朝日にキラキラと輝いている。

長い黒髪を後ろで檀紙と水引で束ね、白足袋に紅鼻緒の草履姿は

神に仕えるための清純さをあらわしていることがはっきりと

理解できるでしょう。

古来より日本女性の美しさは髪の長さで決まるというほど

髪は大切な女性の命だったのですね。

深々とした礼によって朝の祈りが終わると、

それぞれの持ち場に戻り一日が始まる。

それにしても、この朝の早い時間に、

衣装を調え、髪を束ね、背筋を伸ばして

神への奉仕に尽くす巫女とは何と麗しい存在なのでしょうか。

今朝の最初の祈祷に現れたのは、まだ若い夫婦でした。

父親の胸に抱かれた赤子はすやすやと眠っている。

「初宮詣ですか」

と尋ねると

「はい、初めての児なんです」

巫女さんの先導で本殿に上がった若い家族の後姿に、

今朝の光が燦々の降り注いでおりました。

「きっといい児に育ちますよ」

とその若い彼等にそっと手を合わせた旅の途中です。

さてと、朝ご飯に戻りますかね。

伊豆一ノ宮 「三嶋大社」にて