吉野山やがて出でじと思う身を

花散りなばと人や待つらん

吉野山こずえの花を見し日より

心は身にもそはずなりき

花を見し昔の心あらためて

吉野の里に住まんとど思う

       西行法師

吉野の桜をこよなく愛した西行は

心が身体から遊離してしまったかのように

花に吸い寄せられていく、

西行は生涯二千首の歌を残しているのですが、

桜の花をうたった歌は二百三十首にのぼるのです。

西行が還暦を超えてまとめたといわれる

「花の歌十首」を見ると

歳を加えるにしたがって花狂いの情を募らせているのです。

 春ごとの花に心をなぐさめて

   六十あまりの年を経にける

 さかりなるこの山桜思ひおきて

   いづち心のまた浮かるらむ

多分、桜の下に佇んでいても、心はどこか遠くへ漂白の旅に

出てしまっていたのかもしれない。

この道は吉野街道と申します。

そしてあの西行が花に狂ったという名も同じ吉野の里、

平将門が戦勝祈願に訪れた折、馬の鞭に使っていた梅の枝を

地に挿したとこ、芽生え花が咲き実がなったが、その実は

いつまでも青い梅の実のままであった。

そんな伝説を持つ地青梅の山中に向かって、川沿いに旅をすれば

目の前に爛漫と咲き誇る花の森に出会うことができるでしょう。

西行がもし、漂白の旅の途中で立ち寄ったら、

「なんじゃ、梅ではないか」

と通り過ぎただろうか、

否、必ず振り仰ぎ、さらにその高みに登り、

 おしなべて花のさかりになりにけり

   山の端ごとにかかる白雲 

 西行(千載集より)

さくらではなく梅の森を たなびく白雲に準えたにちがいない。

西行に見せられなくて残念でならないほどに、

その奥行き、風にそよぐ花の儚さ、そして桜には感じられなかった

香りに恍惚として立ち尽くすのです。

西行から800年、昭和という時代が作り上げた

これが吉野の梅の里なのです。

吉野という桜の里と同じ名の梅の里、

その雄大さにおいても決してひけをとらない梅郷で

時空を超えて西行を想うのでございます。

関東の地にもそろそろ桜便りが風の乗ってまいります。

桜狂いの旅人はひとたび桜に心が向かってしまったら、

もう他のモノには見向きもしなくなるでしょう、

あの西行がそうであったように。

その梅のから桜への狭間で、今年最後の白雲なびく梅の森を

じっとこころに焼き付ける旅の途中でございます。