「コツッ! コツッ! コツッ! コツッ!」

思わず後ろを振り向いていた。

あまりにすれ違う人の多さに、

気づかなかった足音、

ビルの谷間にはっきりと響くのは自らの足音

その歩く先から夜の帳に消えていく

見慣れたショーウインドーの中から

想わぬ視線にたじろぐ、

こちらが見ているのではない、

こちらが見られているのだ

かすかに唇が動いた

「私たちを人形と思っていたの」

無言で頷いた

「じっとしてるからって 夢も希望も持っているわ」

「だからこの時間が待ち遠しかったのよ」

「昼間だって夢は見られるだろう」

「あなた此処に一日立って見るとわかるわ、

 立ち止まる人の視線が痛いということがね」

「その視線が夢を壊すのかい」

「そうよ、視線は息の根を止めてしまうくらい

 強いものなの、だから息も出来ずに、じっとしてるだけ

 そんな時、夢なんて見られうはずないでしょ」

「それじゃ、閉店した今は自由というわけだ」

「そうよ、大きな深呼吸したら

 あなたの足音が止まったんだもの、いっぺんに緊張しちゃった」

「そいつは悪かったね、もう見つめないから楽にしなよ」

「おじさん、よく見かけるけれど、いつも何考えてるの」

「そう聞かれるとこまるけど、どこかにもうひとつの街が

 隠れていそうな気がするんだ、たとえば君たちが帰っていく

 街がもうひとつあるのじゃないのかい」

「おじさん、ほんとうに好奇心が強いのね、それじゃひとつだけ

 教えてあげる」

もっと近くに寄るように手招きされて側によると、

あの扉の在り処を耳打ちしてくれた。

「でも、言っておくけど、美しくはないからね・・・」

「ギギー!」

その古いドアーは嫌な音を立てて開いた

饐えた臭いが充満している、

路上に倒れた老人が唸り声をあげている、

その階段を一歩下りただけで

其処は人間の行くところではないと気づいた、

慌てて戻ると、あのドアーが閉まりかけていた

咄嗟に右足を刺し込むと、ドアーをひっぱってみた

「おい、なんて重たいんだ」

すると後ろから声がした

「入るのは楽だけど、出て行くことができないんだよ」

アタシは必死で僅かに開いていた隙間に身体を滑り込ませた、

「だれか、この手を引っ張ってくれないか」

若い二人組みが不審な顔で手を引いてくれた

「しょうがねーなこのおやじ、酔っ払いだぜ」

アタシは去っていく二人の後姿に

「よう、ありがとう!」

見上げるとあの彼女が薄笑い、

ああ、夜の帳はなんて恐ろしい、

知らなくていいことまでさらけ出してしまうのだから・・・