清々しい秋の朝、気になっていた奥戸八剣神社をお訪ねしました、

宮大工のあの爺ちゃんは元気だろうか、神輿庫の前に行くと

いつでも出せる状態で宮神輿が納まっていますよ。

そして変わらぬ爺ちゃんの顔に朝日が燦燦と降り注いでいます。

「今年は神輿出せるのかい」

「去年予定していたんだが、生憎の雨で中止さ」、次は何時になるかな」

ちょっぴり寂しげな爺ちゃんの顔を見ていたら四年前のことを思い出して

おりました。

(下総行徳 浅子周慶作 宮神輿)

ここからは2011年10月3日の思い出です。

丁度一年前の秋晴れの日、葛西囃子に音色に誘われて

訪ねた八剱神社の境内で、宮大工の爺ちゃんに出会いましてね、

誰もいない境内で黙々と宮神輿の手入れをしていたんです。

「あれ、神輿は出ないのかい」

「今年は無理だな!もしかしたら来年は担げるかもな」

ここの神輿は町内だけで担ぐ慣わしで、他所に頼めないので

担ぎ手が中々揃わず、三年に一度くらいになってしまったとのこと。

その三年目の例大祭が今年なんですよ。

一年ぶりに訪ねた境内に、宮神輿が神輿庫から出されておりましてね、

「おお、今年は担ぐのかい」

「うん、人数が揃ったらな」

奥戸の町内は北と南のふたつ、子供達だけには神輿を担がせたいという

大人たちの希望が適って、二基の子供神輿と山車が各町内を巡っているのだという。

どうりで静かだと思いましたよ。

「もう30分くらいすると子供神輿が戻ってくる、そしたら宮神輿さ」

爺ちゃんは誰もいない境内で神輿の担ぎ棒の上にひょいと乗ると

「ソレ!ソレ!ソレ!」

とひとりで音頭をとっていた。

「ワッショイ!ワッショイ!」

子供達の元気な声が近づいてくる、

「爺ちゃん、戻って来たみたいだよ」

鳥居の下で待っていると子供達の神輿が

元気に揺れながらやって来た、

半纏を着た大人たちは、簡単には入れさせないと

もみ合いを演じるのです、

「ソレ!ワッショイ!ワッショイ!」

儀式は本物通りにやるんですね、

子供達の上気した顔がキラキラと輝いています。

どうやら最期のもみ合いを終えて無事神輿は本殿前に、

宮司様の御魂返しの儀も無事終え、

三本締めが響きます、勿論音頭とりはあの爺ちゃんです。

続いて戻ってきたもう一基の子供神輿も無事宮入り、

直会のお菓子がみんなに配られると子供達は大ハシャギです。

さて、いよいよ宮神輿の渡御です。

世話人さんの声が飛ぶ、

「皆さん集まって!」

アレ、まだほんの5,6人です、

若いお父さんも遠慮して中々出てきません、

「ヨッちゃん来てよ!」

いよいよ名指しですよ、

「花棒がいないよ!」

とうとう、警備に来ていた消防団まで動員がかかります。

ズボンを捲り上げ、裸足です。

「一本締めで!」爺ちゃんの声がかかります、

「イヨーッ!チャンチャンチャン、チャンチャンチャン、
 チャンチャンチャン、チャン!」

「ソレ!」

掛け声とともに神輿が上がりました。

肩に神輿の重さがずしりとかかった瞬間、みんなの顔つきが変わりました、

「ソレッ! ソレッ! ソレッ!」

境内の中だけという約束なのに、なんだかこのまま表へ飛び出しそうな勢いです。

爺ちゃんは慌てて神輿に取り付くと向きを変え、花棒を担いでますよ。

毎年、一人で神輿を手塩に掛けて守ってきた爺ちゃんの晴れ姿です。

周りで見ていたおばちゃんが、

「あたしも担がせておくれよ」

と神輿に取り付いた。

「ソレッ! ソレッ! ソレッ!」

永遠に続きそうな気がしたのはほんの一瞬だったのかもしれません、

代わりのいない担ぎ手の腰がよろめきはじめました、

すかさず爺ちゃんは宮入りの段取りに入ります。

「マッツグにそろえて!」

爺ちゃんの木の音が高らかに鳴り響く。

みんなヘトヘトなのに、みんな笑顔なんです、

神輿威力をまざまざと見せていただきました。

高らかにみんなで三本締め、

「爺ちゃん、今年は見事に神輿が上がったよね」

次は、三年後でしょうか、四年後でしょうか、

今年の見事な神輿渡御がきっとみんなの心にしっかりと

残ったはずです、子供達もみんな見てたからね。

直会が始まる前に、そっと境内を後にした祭り旅の途中のこと、

「爺ちゃん、いい顔してたよ!」

今年は宮神輿は担げませんでした、

でも爺ちゃんの元気な姿を見て安心しました。

来年もきっと宮神輿を我が子のように慈しみながら

手入れを続けているに違いありません。

そういえば

「昔は浅草まで出かけて神輿担いだんだ」

と話してくれた時の爺ちゃんの顔は今でも忘れておりません、

また来年逢いましょうね。

(平成27年10月記す)