ある日のこと、

もう何も考えたくないほど暑さにやられておりました、

 ズル ズル ズル ズル

もう足を持ち上げるのも億劫になっていた、

人間くたびれると、足の運びに真っ先にその兆候があらわれる、

 ズル ズル ズル ズル

なんでこんな暑い日なのに、人ばかりなんだ

そうか、東京とは人の大勢集まっている場所の代名詞だったっけ、

あまりの暑さに流れ落ちる汗を拭こうと立ち止まる、

 ズル ズル ズル ズル

さっきから自分の足音だとばかりだと思っていたのに、

立ち止まっているのにまだ後ろで足音が止まらない、

振り向くと確かに大勢の人が歩いているが、そんな足音とは

違うすり足の音だ、

 ズル ズル ズル ズル

「誰だ、止めろ、何処にいるんだ・・・」

声が聞こえたのか、足音が止まった

なんだ、気のせいだったのか、そうだよ、こんな雑踏の中で

異変なんてあるわけないものな。

ガード下の店で、切りたてのスイカを所望する、

ガブリと食らい着くと、真っ赤な雫が滴り落ちて

コンクリートの地面を染めた、

「なんだ、此のスイカは、甘くないじゃないか」

それに随分赤過ぎないか・・・

途中で食べるのを止めると、

  ズル ズル ズル ズル

まだ歩き出す前に、あの足音が始まった、

「おい、誰だよ、隠れてないで姿を見せろよ」

  ズル ズル ズル ズル

足音は遠ざかることもなく、すぐ後ろを着いてくる、

「いい加減にしてくれ、気味が悪いじゃないか」

ガード下へ入ると頭上を山手線が轟音を響かせて通り過ぎていく、

なのに、その足音だけははっきりと聞こえる

  ズル ズル ズル ズル

すると、足音がピタリと止まった、

ザワザワ、ヒソヒソ、クックック

誰だ今度は笑い声か

もしかしたら、帰りそびれた魔界の妖怪じゃないのか

「もう地獄の蓋は閉まっちまったぞ、どうするんだ」

目の前に、急に姿を現したのは三人の女 のような・・・

「乗り遅れてしまってね、あわてて上野の山に潜り込もうと

思ったら、あそこは魔界封じの鬼門になっていて入れないのさ」

「だからって、その格好じゃいくらなんでも目立ちすぎるだろう」

すると、三人はまたヒソヒソと相談し始めると、

「ちょっと向こうを向いていてよ」

「わかった、でも何処かへ隠れないと捕まるぞ」

「どう、これなら大丈夫でしょ」

アタシはその姿を見た瞬間、大笑いしてしまった。

「確かに、みんな妖怪みたいな人間だ、それなら見つからないさ」

今度はキャッキャッと歓声を上げると、狭い隙間の中に消えていった、

あの足音だけを残して、

  ズル ズル ズル ズル