磐梯山が大噴火を起こし不毛の土地と化した会津の地に

仏教をもって救いの道をたてようとやって来たのが徳一大師

といわれている。今から1200年前のことであります。

その徳一の足跡を追う旅を続けていたのはもうかれこれ

15年程前のことになる。

その徳一が開山したと伝わっている東堂山満福寺を訪ねた折、

その山麓に堂々たる桜に出会ったのは偶然とは思えなかった。

『観音櫻』と呼ばれていたその大樹を目の前にして、

ただ唖然として見つめるだけで、とても写真に写すことなど

出来はしなかった、

いや、その当時の自分の心の有り様(人を驚かせようなどという小ざかしさ)

ではこの櫻の万分の一も表現できないことをイヤというほど

思い知らされたのです。

それからは五年ごとにこの櫻を訪ねてみました。

あれから15年、果たして還暦を越して今年こそは との想いに

駆られて雨の道をこの櫻に向かいました。

15年などという時間は、この櫻の前ではほんの一瞬なのかもしれない。

それほどの時間の鎧を纏った櫻のほんの一部でも感じられたら

それだけで本望というべきでしょう。

誰も居ないその空間の中でその櫻と正面から向き合った。

「どうですか、私の本質が見えますか」

櫻はそう話しかけていたように思えた、

もしかしたらシャッターを押していた時間、息を止めていたのだろうか、

写し終えた時には、まるで階段を思い切り駆け上がったほどに

肩で荒い息をしておりました。

「なんていう櫻なんだろう、もう五年後ではこの櫻に正面から向き合う

体力など私には残ってやしない、今年逢いにきてよかったよ」

そう話しかけておりました。

もしかしたらこの櫻を写すために長い櫻旅を続けていたのかもしれない、

私にとっては、神代櫻でも、薄墨櫻でも、瀧桜でも味わえなかった

こころの櫻に想えたのです。

あなた、坂口安吾の『桜の森の満開の下』を

お読みになったことはありませんか、

もしあなたが櫻好きでしたらお止めになられたほうが

いいかもしれません、

私はこの坂口安吾にまんまとこころを盗まれてしまいました。

それからというものこの満開の花の下に立つことばかりを

求めて35年も彷徨っているんです。

そしてこの櫻に出会ったというわけでしてね。

「花の下は涯(はて)がないからだよ」

と言ったあの男の声が

この櫻の下から聞こえてくるのです、

だから五年に一度しかこの櫻の前にはこられないのです。

私があの男と同じにならないために・・・

すいません、これは私の夢物語ですから本気にしないでください。

今夜は早く宿に帰って休みます、いつものことなんですが

この櫻に逢った後は、身もこころもくたくたになってしまうんです。

そんな櫻は この櫻一本だけで十分ですよね。

四度目のこの櫻との出逢いは、雨が粋な計らいをしてくれたのかもしれません、

一人だけで向き合えた貴重な時間でした。

さて、今夜の宿を探さなくては・・・

2007.4.25 樹齢六百年の満開の桜の下にて

実はこの桜、もうこの世にはありません、

あの日から二年後の秋、大風が吹いた明け方、

前のめりに突っ伏すように倒れてしまったのです、

今は記憶の中だけに咲く幻の櫻でございます。