その男はショーウインドウの前に立つと、そこに映る

己の姿をしげしげと見つめると、

「なんてことだ、こんな醜い姿がこのオレなのか」

と呟いた。

身長こそ変わらないが、体重はあの頃から20kgも増え、

ふさふさだった髪の毛は、まるで砂漠の中にみつけた一叢の草地だ、

横を向いても、どちらが前でどちらが横なのか区別というものがない、

大きなため息をついたその時、背中を誰かが叩いた、

振り向いても誰もいない、と、その時

「そんなに自分の姿が嫌いかい」

「誰だよ、どこにいるんだ」

「あんたの隣に立っているさ」

「なぜ、ショーウインドーに映らないんだ」

「それは、あなたがそう望んでいるからさ」

「そんなバカなこと信じられるかよ」

「望むならあなたの影を消してさしあげるが」

「そんなことができるのか」

「ああ、望むなら、ただし、2時間だけだ」

「なぜ、2時間なんだ」

「それ以上、影を消すと戻れなくなるから」

「戻れなくなったら??」

「あなたの両親に会いにいくだけだよ」

「あの世か・・・、で、いくら払えばいいのさ」

「金はいらない、そんなものもらっても私にはなんの価値もないからね」

「私には他に払えるものなど何もないよ」

「だから先ほどから言ってるじゃないか、2時間たったら命と交換だって」

その男はしばらくショーウインドウの己の姿をじっと見ていたが、

「影を消してみてくれ」

「覚悟は決まったようだね、消すのは顔だけにするかい、それとも
 上半身・・・」

「そんなバナナの叩き売りみたいなやり方は止してくれ、
 やるならヒトオモイにスッパリと全部だ」

「わかった、それじゃ時計の針を2時間進めておいてくれるかい、
 そうだ、それじゃ目を瞑って、ワン、トウ、スリー」

ゆっくりと目を開けた、そこはさっきから立っているそのままの場所

「なんだよ、何も変わっちゃいないじゃないか」

そして、ショーウインドウーを見つめると

「ない!! オレの姿がない!!」

カメラを出して写してみたが、確かに映っていない、

「ということは、2時間の命か」

その男は慌てて歩き出した、前から来た若者の肩にぶつかった、

「なにしやがんだ!」

と吼えた若者はそこに誰もいないことに、不思議そうな顔をすると、

何度も首を傾げながら歩いていった。

「本当に見えないのか、よし、勇気を奮って
 お嬢さん、そこは化粧を直す場所じゃないんだよ、みっともないから
 他でやりな」

耳元でそう云うと、

彼女は何度も辺りを見回して、驚愕の顔のまま走り去っていった。

何度か人に声を掛けるが、みんな気持ち悪がって後ずさりし、

くるりと背を向けると、「キャー!」とか「ワーッ!」という

声を残したまま逃げ惑うだけなのです。

その男は、あのショーウインドウの前に立っていた、

「よう、オレの影を返してくれないか」

「2時間て約束したじゃないか」

そこには、確かにもうひとりの自分が立っていた。

「あんた、それオレの影じゃないか」

「ああ、みんなに見られるのってこんなに楽しいものなんだね
 もう少し楽しませてもらうからね」

そういうと、自分の姿をしたオレの影がスタスタと歩いて

人込みの中に消えてしまった、

その男は、その場にうずくまったままぼんやりと空を見上げていたが

通り過ぎる誰も、その男に気づくことはなかった。

(2016年 まだ春浅い頃のこと)