もうすでに満開を迎えた桜の下に佇んでいます。
若い乙女を象徴するはずであった桜は何時から死の影を
纏わされたのでしょうか、
『桜の樹の下には屍体が埋まっている!』
と呟いたのは確か梶井基次郎でしたね、
近代文学の中に死の影を桜に託したのは誰かと思えば
以外にも樋口一葉の『闇桜』でした。
「風もなき軒端の桜ほろ/\とこぼれて
夕やみの空鐘の音かなし 」
岩波の樋口一葉の文庫本をほろほろと散り始めた桜の下で読んでいると、
「あなたよほど桜がお好きとお見受けしたが・・・」
白髪の老人が同じベンチに腰を下ろすとそう話しかけてきた、
「さくらは哀しいですかね、」
答えになっていないとは思ったが思わずそう応えてしまった。
「桜はどんな人生を送ったかで感じ方が沢山あるのじゃろーて」
「哀しい結末の本を読んでおりましたので つい・・・」
「今日は彼岸の中日ですな、墓参りですかな」
そういえば、父も母も桜の咲く季節を待っていたように彼岸へと
旅立っていったのです。
「桜が咲くと父と母のことが偲ばれましてね、哀しくなってしまうのです」
「彼岸を忘れずにおられるとは感心なことですな」
「いや誰にとっても当たり前のことですから」
その老人は急に立ち上がると、静に散る桜をじっと見つめた、
「私には、彼岸に行っても誰も思ってくれる者はおりませんでな」
「今もお一人なのですか」
「両親を送ってからはずーと一人ですわ」
「・・・・・・」
「全ての人生を自由と引き換えにしたんです、
悔いはありませんが いよいよ最後のコーナーを
曲がりきってみると、やはり寂しいものですな」
それでも口元に笑みを忘れないのは懺悔の意味なのだろうか。
「冷えてきましたな、そろそろ帰るとしますかな」
「どちらへ・・・」
と口元まででかかった言葉を飲み込んでしまった。
少し背を丸めたその老人は、ゆっくりと歩き出す、
「お達者で・・・」
軽く右手を上げると、一度も振り返ることなく満開の桜の下に
消えていった。
彼岸の桜は哀しいですね。
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