陸前浜街道を北に向かう旅を続けています、

今日も厚い雲がみちのくの空を覆っている。

阿武隈の山並みの向こうに一条の光を残したまま

今日という日が暮れていく。

何処から聞こえてくるのだろうか、

太鼓と笛の音に、音頭を歌う声が聞こえてくる、

耳がその位置をさがしている。

田圃のあぜ道を孫の手を引く爺様がやってくる、

もう仄かな明かりの中で顔は定かではないが、

あの音頭に惹き付けられるように鎮守の杜に

ひとり、またひとり、

祭につき物の露店もない、テキヤさんも此処までは

手が廻らないのかいや商売にならないからだろうか、

変わりに親たちが即席の出店を出し、僅かなジュースや

駄菓子を用意してくれている。

「あんた、見かけない人だね」

神社のすぐ隣に住んでいるという婆様が声をかけてくれた。

「東京から来たんだよ、遠くからこの音頭が聞こえてね、

 なんだか幸せになれそうな盆踊りみたいだからさ」

「このあたりじゃ一番最初に始める盆踊りさ」

どうやら様子を見にきたら、誰も踊ってないので、

「急いで浴衣に着替えて、踊らないとな」

「それじゃ先に行って待ってるよ」

小さな鎮守の杜のヤグラの上では、「前原音頭」が

太鼓と笛の音のバックで景気を盛り上げている。

暮れなずむ田圃の真ん中で、其処だけがまるで不思議な国の

出来事のようにゆっくりと動いていた。

浴衣に着替えた先ほどの婆様が登場する、

薄っすらと口紅が引かれていた、

「ダダンダ ダ! ダダンダ ダ!」

太鼓がますます力強く打ち鳴らされると、

婆様の手本に、子供達が踊りだす、

社の中では大人たちがお神酒でほろ酔い、

目を細めると、そこでも、あそこでも、

爺様、婆様がニコニコしながら踊っていなさる、

アタシは知らぬ間に手拍子を叩いていた。

「婆ちゃん、大勢連れてきたんだね」

「あんた何言ってるのさ、婆様はこのあたしひとりだけだよ」

もうすっかり暮れてしまった闇の空の雲間から

月がちらっと顔を出していた。

「そろそろ猪(しし)鍋が煮えるから、寄るといい」

婆様はそうさそってくださったが、

何だか一人だけ余所者が混じっているようで、

「遅くなると宿が探せなくなるからそろそろ行くよ」

「そうかい、また会えるといいな」

田圃のあぜ道をトボトボと歩き出す、

月明かりだけが頼りの闇の道に二度も躓いてしまった

旅の途中です。

福島 楢葉町前原地区にて

それから七か月後あの大震災が起こってしまった、

目と鼻の先の原発が崩壊した、

以来八年の歳月が過ぎた が 未だに再会することができないで

おります。

(2019年8月記す)