秋の紅は山から里へと降り始めておりました。

中禅寺湖を目指す車の列が次々にいろは坂を

上っていく後姿を見送りながら何時もの森を訪れた。

森の小道を辿り始めたが人影は全くない、

聞こえてくるのは轟々と流れ落ちる瀬音、

途中から道は消えた

森は彩りの梢を何処までもはらんで続いていた。

森を歩く時に必ずすることがある、

目印になる特徴のある樹を覚えておくのです、

森の中では当ても無く彷徨うほど危険なことはない、

鬼胡桃の大樹に太い藤蔓が絡み付いている、

目印にはもってこいの姿を記憶にたたみこむと、

さらに森の奥へと歩を進める、

カジカエデが大きな枝を広げ、

イロハカエデが落ち着いたその彩を

惜しみなく見せてくれている。

独り占めが申し訳ない気分でありますね。

瀬音が足元を流れていく、歩いても歩いても

汗をかくことがない、

かなり冷え込んできている、

やがてその瀬音が聞こえなくなると

森はますます深みを増してくる、

春には鳥の声で煩いほどの森も全く静寂に包まれている、

「カサ コソ」

自分の足音に誰かついてきているのかと振り向くが

誰も居るはずはない

改めてその場に佇むと大きな深呼吸をひとつ、

多分、胸の奥まできっと色づいてしまっただろう・・・

曇り空に太陽は遮られ暫く休んでいると身体が

冷え切ってしまった、

もうそろそろ戻らなければと歩き始めると

見事なブナの森に彷徨いこんでしまった、

夢中でカメラを向けているうちに全く方向が判らなく

なってしまったのです、

耳を澄まし瀬音の聞こえる方向を目指す、

どうやら音は山にこだまして

確かな方向が判らない、山の斜面を見定めて

低いほうへと進む、

見覚えのある、鬼胡桃の樹を見つけほっとしたのが

いけなかった、

もうそろそろ森の出口に着いてもいいはずなのに

再びあの鬼胡桃の樹が現れるのです、

「似た樹があるものだ」

などと呟いて、はっとした、

またあの目印の樹に戻っていたのです、

「しまった、迷った!」

まるで、彩の森が闇の中のように感じられてくる、

ポケットを探ると飴が三つ手に触れた、

その一粒を口に放り込むと、もう一度深呼吸をひとつ、

それからどれくらいどれくらい歩いたでしょうか、

やっとのことで一番最初の目印を探し出した時には

秋の夕暮れが其処まで迫っておりました。

いくら馴染みの森だからと油断したのが危うく遭難になってしまう

ことを改めて自然から教えられてしまったようです。

美しいものには必ず棘があることを、

どうぞ自然好きのあなた、忘れないでくださいね、