東京の桜にとどめを刺すような冷たい雨が

降り続いた、

「これでふんぎりがついたよ」

さてと、桜を求めるいつもの旅を始めますか、

と桜旅に想いを馳せども、

ニュースはあっちもこっちも一斉に

満開を迎えたというではないですか、

日本は細長い国、少しずつ桜の咲く時期が

ずれていてくれるお陰で桜を訪ねる旅が

可能だったのですよ、

それが南も西もまして関東一円みんな一緒に

咲いてしまうなんて、

何でもみんなと一緒を喜ぶ国民性を桜の方で

気をつかったのでしょうか、

「やれやれこいつは思案の為所だぞ」

桜というのは、花が咲いている時だけその存在が

明確になるもので、

ひとたび花が散るともう何処にあるのか全く

判らなくなるという不思議な存在でしてね、

こうなれば、自分の目で確かめるほかに方法が

ありませんですよ、

今までの自分なりの集めたデーターは役にたたない

とわかったら、

「そうだ好きなところへ行けばいいだけのことさ、

桜が咲いていればひと目でわかるのだから」

もしかしたら、これが本当の桜旅かもしれませんよ、

数ある私の記憶の引き出しから引っ張り出したのは

「そうだ、甲斐路を旅してみよう」

そうと決まればあとは実行あるのみ、

さて、今年はどんな桜に出会えるのでしょうか。

長いトンネルを抜けるとそこは一面の桃源郷のはずでした、

「あれ、あの桃の花は全く咲いていませんよ」

桃と桜の競演を期待していたのは全くの空振りです、

しかし天はそういう健気な旅人にちゃんと別の御褒美を

用意してくれましてね、

くっきりと西の空に浮かび上がった南アルプスの

真白き山並みに

「どこか高みの場所はないものか」

と見回せば、桜に囲まれた古き社、階段を駆け上れば

今正に満開の桜ですよ、

どうやら勝沼の総鎮守らしき社の名は「雀宮神社」、

それにしても全く人の気配がない、

満開の桜に囲まれて甲府盆地を見下ろす気分のなんと爽快なものか、

そして甲斐駒ケ岳か鳳凰三山、

日本第二の高峰北岳から間ノ岳、農鳥岳への稜線が

くっきりと白い姿を朝日に輝かせている。

風に乗って各所に置かれた連絡用スピーカーから役所の伝達が

聞こえてくる、

「今年は桃の花の開花が一週間ほど遅れております、

薬剤散布は来週よりお願いいたします」

なるほど、桃源郷では木目のこまかい指示がこうして伝達されるのですね、

桃の花と同じ頃に咲くはずのあの枝垂れ桜のことが気になり始めた、

いつもならもう満開を迎えているはずのあの桜も遅れているのだろうか、

何しろ桜旅は桜のことばかり想いながら旅を続けるのですから

何を置いてもまずは桜なんですよ、

こういう単純な思考の旅だからこそ、何十年も続けられのかも

しれませんですよ。

此処は甲斐路の東の端、まずは幸先のよい桜に囲まれて、

これからの旅先を考えるというのは何と幸せなことでしょうか、

「仕事はどうするんだ」

なんて考える人は、仕事を最優先にどうぞ気の済むまでお続けくださいな、

一年のたった十日ですよ桜が咲いているのは、

仕事は後でなんとかやりくりしますよ、桜は待ってはくれないのですからね。

それでは次なる桜を探しながら失礼いたしますよ。

満開の勝沼「雀宮神社」にて