祭りに明け暮れているうちに気がつけばもう秋の真っ只中、

人間の感覚とは面白いもので、つい先日までは、

「この暑さ、いつまで続くのさ」

なんてぶつぶつ呟きながら歩いていたんですよ、

そうあの冷たい雨が一日中降り続いていたおかげで、

身もこころもすっかり秋を受け入れてしまったようで、

雨上がりの青空を見上げながら

「おお、秋空だよ」

相変わらずの鎌倉です、

観光地という名の街は必ず表向きの顔と、素顔の顔をきちんと

使い分けるんです、

相変わらず表の顔の小町通りは平日といえども、押すな押すなの

大盛況でございます。

鎌倉贔屓の旅のおじさんは、自分のことのように喜びながら、

足は素顔の路地へと向かうのでございます。

極端に人の姿の少なくなった御成り通りです、

こちらは、この街に住む人々の日常を支える通りでしてね、

目立たせる必要がないだけ、街並みが落ち着いているのです、

路地の奥に密やかにある珈琲店では散歩の途中なのか老人が本を

読んでいる、

店のウインドウの中は、いつ通っても昔がそのまま息づいている、

うっすらと覆った埃にさえも、懐かしさが湧き上がるのです。

こんな路地の奥で商売になるのかなんて思っていた小鳥屋さんも、

金魚屋さんも、ちゃんと今でも店を開けている。

観光客に媚を売らないだけ、平常心が保たれているのだろうか、

商売とは、欲しい人が欲しい時に買えることができれば、

店の場所などそんなに選ぶ必要はないのかもしれない。

欲しいと思う人だけが知ってくれていたら、その店は細々でも

続けていける、素顔の街にはそんな店がまるで心の灯火のように

ポッ、ポッと灯りを点しているのですよ。

もし、もっと売り上げを伸ばしたいとか、

もっと豊な生活をしたいと思うと、

必ず無理を承知で拡大路線へ舵を取り始める

のでしょう、

慣れないやり方は店主へストレスという爆弾を

抱かせてしまう、

「あれ、オヤジさんの姿が見えないけど」

「入院したのよ」

やっぱり無理してたのですね、

この路地には、お金は使わないけれど、知恵を使う店主が

大勢いるのでしてね、

手書きの貼り紙に、その店主の人生観がにじみ出ている、

生きてるってなんていいんだろう 

て感じることができるのですよ。

そういう街を探しているのがアタシの旅なのかも

しれませんがね。

「ゴットン、ゴットン」

おもちゃのような電車が通り過ぎていく、

踏み切りでその電車を見送りながらもう一度空を見上げた。

「やっぱり秋ですよ」

鎌倉にて