2010年03月04日(木)
TOKI NO SUMIKA
『過ぎてしまった時』は何処へ行ってしまうのだろう・・・
もしかしたら、旅をする動機には
過ぎてしまった時を見つけたいという願望があるのかもしれない。
初めて訪れた旅先であるのに、
「この街の佇まい、何処かで出会っていたはずだけど・・・」
人はそんな意識をdéjà-vu: 「デジャヴュ」と呼んだりする。
科学的には短期記憶と長期記憶の重なり合いが
情報を受け取る前に記憶に蓄えられ、
処理されるからである と素っ気無い、
いやあれは記憶の問題ではない、
過ぎていった『時』が、どこかの路地の奥で
まるで吹き溜まりの塵のように淀んでいるのを
偶然目にしたのではないか、
もし、それが可能なら旅は今の何百倍も
楽しいものになるじゃないか。
この世のほとんどの事象は、科学や学問では
図りえない要素で構築されているのではないか、
いやそう思うほうがどれほど生きている楽しさを
味わえるか・・・
「あの、不思議なところへご案内いたしますから」
と鬼姫様をお誘いした、
行き先を尋ねないのが鬼姫様のいつもの姿勢、、
途中から降り出した雨は山に近づくにしたがって
霙が混じり初めておりました、
雨の夕闇が辺りを覆う、
傘を打つ雨音が聞こえてくるはずの雑音を消していく、
さすがに冷たすぎる雨の中を訪ねてくる人は少ない、
その長い長い光のトンネルは先に行くほど闇に溶け込んでいく
「どうやらこの先らしいですね」
その長いトンネルを抜けた先で目にしたのは
闇の中でうねりながら漂う 『消えてしまった時』
「あそこに漂っているのは、初めて出会った
逗子の駅前に流れていた『時』ではないですか」
鬼姫様はだまったまま見つめていた、
「此処は 時の栖なの・・・」
それは永遠のように思われたが、微かな光が当たった刹那
スーッと闇に消えていった。
「本当にあったんですよ、過ぎた時の溜まり場が・・・」
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