どうしたことか、まるで今にも桜が咲き揃いそうな

ポカポカ陽気に身体のほうが動き出してしまいました、

「さくら、サクラ 桜だよ!」

桜が咲くと歩きたくなる道が此処東京にもありましてね、

だって、今は桜といえばほとんどが ソメイヨシノでしょ。

気象庁が親切に開花情報なんていうサービスをするのも、

このソメイヨシノを基準にしておりますし、

一度にパッと咲いて、はらはら散っていくのもソメイヨシノの

特徴で、きっと現代日本人の思い入れにぴったりなのですね。

さて このソメイヨシノ 江戸の終りに、江戸は染井村で

偶然発見されたとか、

染井村の植木屋が名づけたのは、桜なら吉野というので

 吉野桜として売り出したら山桜に比べて、花も大きく、

なにより葉が出る前に花が咲くというので大人気になった

らしいのですよ、いえね、江戸時代のことですから

アタシが見てきたわけじゃありませんよ、

この吉野桜は、どうやらエドヒガンとオオシマザクラの

交配から偶然生まれたらしいのですが、なにしろ花が大型で

密生して同時に咲くため瞬く間に大人気、

彼方此方に植えられ桜の名所を作ってしまったというわけ。

そうなると、吉野桜じゃ本場吉野の山桜と紛らわしいというので、

染井村の吉野桜というので ソメイヨシノとなつたとか。

さて桜の話はそのくらいで、実は桜のふるさと染井村に

行ってみようというわけですよ。

染井村といっても、そんな遠くじゃありませんでね、

アタシの散歩コースのちょっと延長したところですから、

こういう暖かい陽気の散歩にはちょうどいいのですよ。

入り口は駒込の霜降橋、実はね、アタシの大好きな

下町商店街がうねうねと続いているのですよ、

あっちの店、こっちの店と冷やかしながらの下町商店街散歩、

今は 霜降銀座商店街なんてモダンな名前の通りも、

ぶらぶら歩いているうちにいつの間にか、染井銀座商店街に

足を踏み入れているというわけ。

さすがに桜のふるさとですね、アーケイドの飾りは見事な桜、

鉢植えのソメイヨシノが少しだけ咲き始めておりますな、

まだ本格的には咲いてませんよ、でもね、桜は一輪だって

眼にすれば気分はもう桜・さくら・サクラってなものですよ。

下町商店街というと、八百屋、魚屋、お菓子屋、中には質屋なんていう

個人営業の店がずらりと並んでいるんですよ、まさか散歩の途中で

生魚買うわけにも行かないので、古色蒼然とした古書店で油を売る、

町の商店街の良し悪しは、明るいおばちゃんが声を出しているか、

麗しい古書店があるかで決まってしまうのですよ。

いや、それにしても面白い古書店で、気がつけばあたりはどっぷりと

夜の帳が下りてしまいましたよ。

見つけたのは和菓子やの店先、

染井村のお菓子屋ならやっぱり さくら餅ですよ、

「おばちゃん、今食べたいのだけれど」

「さくら餅かい、こしあん、つぶあんどっちにする」

「つぶあんがいいな」

さくら餅ひとつをつまむと、あたしの手のひらにおいてくれましてね、

店先のベンチに座ってひとくち噛めば、口の中は桜、サクラ、さくら、

「この巻いてある桜の葉も食べていいのかい」

「それ大島桜の葉でいい香りがするんだ、塩気があるから食べてごらん」

こうして、染井村のさくら餅を頬張れば、一足早く桜満開でございます。