二宮神社のしょうが祭りは神輿の階段登りでクライマックスを迎え

無事宮入りを見届けると、集まった皆さんは境内に設えられた

舞台に戻ってくるのです。

アタシがまだ子供だった昔の祭りには小屋掛けができ、

お化け屋敷やサーカス小屋なんていう大掛かりな見世物小屋が

立ったものです、今はそういう小屋掛けはほとんど見られなく

なりましたね。

祭りその土地の娯楽の筆頭という役割を持っておりましたが、

日常がハレのような生活が当たり前のようになってしまった現代

では、もうその役割を終えてしまったのかもしれませんね。

此処あきる野の二宮神社の祭礼には東京で唯一の村歌舞伎が

演じられているのです。

書物に記載されているのは120年前からですが、多分江戸時代から

此処二宮神社の祭礼に奉納歌舞伎として行われていたのでは

ないかと思われるのですが、近代化した東京にこうして村芝居形式で

今も伝えられていることに感慨が深くなるのです。

前回(五年前)お訊ねした際にそのことを知り、次回はじっくりと

観てみたいとその機会を待っておりました。

即席の客席に座ってそれぞれの楽しい出し物にみなさん歓声を

あげるのです、実に和気藹々とした雰囲気が流れるのです。

今回は奉納舞踊の部も最初から見ることができました、

前田小学校民舞の会の達者な演舞をかわきりに、

日本舞踊の皆さんが次々と演舞を見せてくださるので

息つく暇もありませんですよ。

なかでも、田中和子さんによる「伊達男」はおじさんも

ほれぼれする伊達男振りに拍手喝采でした。

「お梅哀歌」を舞われた小金澤多津江さんは

かなりの高齢とお見受けいたしましたが、

葭町を舞台にしたお梅を哀しくも色っぽく踊って

くださいましてね、あたしの母親が小唄で唄っていた

ことを思い出しながら見惚れておりました。

トリは村上先生による 「大忠臣蔵」をドラマチックに

演じていただき会場から拍手がなりやみませんでしたよ。

最後は皆さんで「二宮音頭」で締めくくりとなりました、

皆さんが 二宮音頭に合わせて踊る姿が実にいいものでしたよ。

ここあきる野では子供たちに郷土の一員として誇りを持って

もらいたいという大人たちの望みがしっかりと息づいている

のですね。

神輿の宮入りが始まると、舞台はしばらくの間休憩、

一時間後、いよいよ あきる野市内歌舞伎保存団体による

舞台の幕が上がります。

今回はすべて地元の子供たちよる演技で、大人たちは

裏方に徹しているのです。

まずは 東秋留小学校歌舞伎クラブ による

 白浪五人男 稲瀬川勢揃いの場

前回は確か五人揃わず三人男でしたが今回は五人男が勢ぞろい、

どうやら歌舞伎を目指す小学生が増えていたようですが、捕り手までは

人数が足りずに先生が代役を務めておりましたが、その先生が

とても楽しそうに演じている姿がほほえましかったですね、

「問われて名乗るもおこがましいが・・・」

のあの名せりふを決めながら日本駄エ門が

見得を切ると客席から拍手と共におひねりが飛び交うじゃ

ありませんか、

「志ら浪」の字を染め抜いた番傘を差して男伊達の扮装に

身を包んだ五人男 いや五人衆(実は一人はの女子)

がそれぞれの名せりふを終えると、みんな固唾を呑んで見つめて

いた観客から大拍手、いやいやこんな素晴らしい子供の教育は

そう滅多に観られやしませんですよ。

続いては前回も見せていただいた

東中学校伝統芸能部の女生徒による 舞踊「京の四季」

五人で踊られたのですが、卒業した後も秋川座歌舞伎保存会に

残って次の子供たちを応援する組織が出来上がっていることで

何らかの形で歌舞伎に携わっていけるわけなんですね。、

地元の大人たちがこうして指導を続け、発表の場を懸命に守っている

姿にはもう心からの拍手を送っておりました。

さていよいよ待ちに待った あきる野座による歌舞伎舞台

前回は

 「歌舞伎絵本太功記十段目尼ヶ崎閑居の場」を見せて

いただきました。

秋川歌舞伎保存会 あきる野座 は現在100余名の保存会員と

幼児(3歳)から小、中、高校生、さらには70歳過ぎの熟年者

まで約70名の座員を擁する団体に成長し、役者・チョボ・下座・

舞台・道具・衣裳・かつらなどのすべてにわたって自前で行って

いるとお聞きしてびっくりするやら感動するするやら、

そしてその舞台を子供達が演じるというのもとても楽しみでした。

さて今宵の出し物は昨年秩父の村歌舞伎でも見せていただいていた

 歌舞伎「義経千本桜伏見稲荷鳥居前の場」 です。

(義経を追ってきた静御前)

筋書きは

義経の家来武蔵坊弁慶は義経の制止を聞かず、頼朝からの追っ手

土佐坊らの首を打ち落としてしまう。

義経は鎌倉方と敵対するのを避けて都を落ち行く、

館を後にして伏見稲荷まで来た義経たち一行に追いついた静御前は

供をと願うが、落ち行く旅に連れては行かれず、

義経は形見として初音の鼓を与え、静を木に縛りつけて去る。

(山形から戻ってきた弁慶を義経はしかりつける)

(義経は形見として初音の鼓を静に与え都に留まるよう伝える)

(義経一行は静を木に縛りつけて去る。)

舞台には悪人梶原平三の手下で三枚目の悪役、

逸見藤太が家来(花四天)を連れて現れます。

この逸見藤太の役どころは笑いを誘う道化役、

台詞が急に現代風になったりして歌舞伎の自由さを

みせてもらっておりますよ。

(花四天を連れた逸見藤太の登場)

義経の家来佐藤忠信が現れて助ける。伏見稲荷の境内から

戻ってきた義経は忠信に自分の鎧と「源九郎義経」の姓名を

与えて静の供を言いつけ、西国へ落ちて行く。

義経の家来佐藤忠信が現れて助ける。伏見稲荷の境内から

戻ってきた義経は忠信に自分の鎧と「源九郎義経」の姓名を

与えて静の供を言いつけ、西国へ落ちて行く。

逸見藤太から静御前を守り通した忠信

いよいよ見せ場の狐踊りの場面です

あの初音の鼓に張られているのは親狐の皮、その子狐が忠信に執り付いて

踊る場面で、狐の霊が静を守っていたことを知るのでした。

そして見事な狐六法を踏みながら花道を去っていく。

セリフのひとつひとつ、

所作のひとつひとつ、

みんなで息と間を合わせて演じるこども達の姿に

涙が流れてしまいました。

最後まで演じきった舞台に、雨あられとおひねりが飛び交い

大声援と拍手が沸き起こったのは当然でした。

これだけの舞台はそう簡単にはできないでしょうが、

指導する大人たち、演じるこどもはもちろんのこと

客席から大声援を送り続けるあきる野の皆さんの

総意が可能にしていたことに感動させられておりました。

祭りとはなんと素晴らしいモノを作り出すものなのでしょうか・・・