筝曲集 『さくら さくら』

 さくら さくら

  やよいの空は

   かすみかくもか

    にほひぞいづる

    いざやいざや 

     見に行かん

都会ではさくらのさの字も

誰の口の端にものぼらなくなってしまった、

そんな頃合を待って、みちのくのさくら旅へ

いつのまにかこの歌を口ずさんでいるのです

 「いざやいざや 

    見に行かん」

峠をひとつ越えると、

「ああ、咲いているよ」

たった一つの峠の向こう側と此方側で

こうも異なるさくらの命、

みちのくのさくらは静かにそっと咲くのです。

毎年訪ねる墓地のさくら

ことしはひときは際立った白い花を咲かせていた

みちのくの春の宵は凍えるような風が吹く

きっとあの風がさくらから緋色を奪っていくのだろう

もしかしたら、さくらを見つめている人々からも

言葉を奪っていったにちがいない

それでなければ、みんな無口でさくらだけを

見つめているはずがない

突然、その純白の花が色つき始めた

「夕陽だよ」

と誰かが呟いた

さくらの下の二人はゆっくりと西の空を見上げた

その顔も、さくら色に染まっていく

それはほんのわずかな刻だったのかもしれない

安達太良山がここから見える

そうだよ、あの冷たい風はあの山から吹き降ろしていたんだよ

光が消えると、もとの花の下で、

やっぱり無口な人たちがじっと

動かずにさくらを見上げていた。

仕切り直しのみちのくのさくらが咲いていた

さくら旅の途中のこと