清明(せいめい)から穀雨(こくう)までの15日間は

桜狂いにはまさに至福の時でした、

あれほど浮かれた街の桜もやがて葉桜になり、

人々はそれぞれの普段の生活に戻っていくと、

街は随分静かになりました。

毎年のことですが穀雨を迎える頃になると、

北国へ春を求めて旅に出るのです、

「春の旅人」になった気分というのは何度味わっても

いいものですよ。

しかし、寄る年波には逆らえないもので、

やれ福島だ、それ山形はどうだ、秋田だと奥羽山脈の山の中まで

訪ね歩いたのももう昔のことになってしまったのは寂しい限りで

ございますな。

身体がついていかなくなってしまったのは仕方ありません、

ならば、関東周辺でも少し高みの山に向かえばまだまだ桜に

出会うことができるのですよ。

山里はまさに草木が一斉に芽吹き始め、まさに山笑う姿に

一喜一憂できるのですから日本という国は何と素晴らしい自然の国

でしょうか。

穀雨と意識しなくても、もうすでに彼方此方で春の雨に見舞われて

おりますので雨が旅の邪魔になることはありません、

それよりも雨に濡れた花々のなんとイキイキとした姿でしょうか、

山里では昔から桜は田畑の種まき時期を知らせる大切な印だったことが

今も変わらぬことに、つい足を止めて魅入ってしまいますね。

畑仕事の老人に声を掛けてしまう、

「この雨はどうなんですか」

「恵みの雨だね、ありがたいことだよ」

都会では嫌われる雨も、恵みに感じる生活がここにはあることに

心まで洗われる気がしてきます。

高みに登れば登るほど、山の中に桜が目立つのです、

つい桜を求めて調子に乗りすぎたようです、

目の前に「熊出没注意!」の看板にドキッ、

どうやら熊の領域に足を踏み入れてしまったようです、

そっと踵を返すと、山道をまだこんなに元気が残っていたか と

思うほど駆け降りるのでありました。

春の旅人は臆病がいいのですよ、

汗まみれになった身体を山里の温泉で癒せたのは、

春の旅の至福の刻でございました。

 君子いや軽子危うきに近寄らず ってか。