しとしとと降る雨なら歩くに困ることはなかろう

と、少し大きめの傘を差しながら磨り減った石畳を

歩いていると、傘に何かが当たった、

ポツン!と小さな音を立てながら足元に転がったのは

ムクロジの実、見回せば濡れた地面に沢山落ちている。

無患子(ムクロジ)と聞いて

「ああ、あの大きな樹ね」

と思い当たる人は案外少ないかもしれません、

古来よりこのムクロジの木は、というよりムクロジの実は

いろいろな効用があることを古人たちは経験から知っていたのです、

このムクロジの実を水に入れるとあら不思議沢山の泡が湧き出すように

出てくるのです、ためしにその水で灯明の煤で汚れた衣服を

洗ってみると見事にその汚れが落ちたのです、

そうですよ今で云う石鹸の働きがあることに気がついたのです、

この実の皮を少しむいてその皮同士を摺り合わせても沢山の

泡がたつのです。

あの紫式部や清少納言たちも髪の毛を洗うために使ったかと

想像すると、この小さな実がイトオシクなるではありませんか、

昔から、その実を採るために公家屋敷や、神社仏閣の庭には

必ず植えられていたのですね、

実はこのムクロジの実の中に、黒い種子があるのですが、

きっと、昔誰かが手のひらに載せていたその黒い種子を板の間で

こぼしたのかもしれません、そうしたら、その黒い種子は

ポンポンと良く弾んだのです、

もしかしたらこの実を使えば・・・

そうして、あの羽子板遊びに使う羽根の根元にその黒い玉が

使われ始めたのでしょう、

「無患子」、患う子を無くすという字を当てたのは何故でしょうか、

この木のおかげで、子供たちまで元気でいられるという意味を込めて

この字を名前に当てたのでしょうか。

人間の生活の中で、思わぬことから発見されたものが

今の時代まで使われていることに人間の知恵の凄さを感じたり

するのです。

現代の日本は科学万能が神の啓示のように思われてはいませんか、

現代の洗剤は、確かに強力で、頑固な油汚れも簡単に落とすことが

できます、でもあのTVCMを見るたびに、そんなに強力な効果のある

洗剤を水と共に下水へ流したら、その水が流されていく先の川は、

また川で生存する魚や、虫や水生植物は大丈夫だろうか、

と考えることをしないと、人間は、自分たちの快適な生活のためなら

他の生物を犠牲にしてもいいという、神をも恐れぬ存在に成り果てて

しまいませんかね。

便利さと、合理的な考え方はそれなりに意味のあることかもしれませんが、

科学万能の最先端技術の行き着いた先、そうあの原発の現在を知るにつき、

もう戻ることの出来ない次元まできてしまったと思えてならないのです。

このムクロジの木を植えた古人たちは、本当に現代のような社会を望んで

いたのでしょうか、

「そんなに便利じゃなくてもいいよ、人間らしく生きられれば」

そんな声がどこからか聞こえた気がした旅の途中です。