陽が伸びて何時までも明るい岬に佇んで海を見ていると、

散歩のおばさんが面白い話をしてくれましてね。

「見渡す限り海が見られる椅子があるのよ、

折角だから見ていったら」

「海の他に何か見えるのかな」

「そうだね・・・幸せが見えるかもしれないよ」

アタシはその言葉に急にその椅子に座ってみたくなりましてね、

お礼を言って海に突き出した岬のさらにその突端に向かいました。

おーっ! 岩の上に確かにベンチが海に向かってあるじゃないですか、

近づくと、先客があり、

下から声をおかけした、

「どうやって登るんですか」

「別に階段があるわけではありませんから

適当に足場を探して登ってください」

近所に住むという若いファミリーは

「夕方になるとみんなで海を見に来るんです」

と親子四人でそのベンチに座っていた。

「何だかその椅子に座ると幸せが見えると聞いてきたんですが」

「ハッ、ハッ、ハッ! 確かに幸せが見えるかもしれませんね

 子供たちをここへ連れてくるとみんな笑顔になるのはそのせい

 かもしれませんね」

「確かにここに居るといい気持ちになりますね」

「あの、僕は子供たちの未来が見えるような気がして・・・」

若い父親が遠くを見ながらそうつぶやくと、

若い母親がゆっくりと頷いた。

「私たちそろそろ帰りますから座っていってください」

馴れた足取りでその岩場を上手に降りるとまだ押さない子供が

何度も手を振ってくれましてね。

アタシはそっとその椅子に座ってみました。

足元に打ち寄せる太平洋の荒波の砕ける音が 

「ドーン!ドーン!」

と響く音が岩を伝わり身体と共鳴している。

そのまま後ろにひっくり返りそうな微妙なカーブの

背もたれにもたれかかると、暮れていく空と海が

目の前に広がった。

「もしかしたら、幸せってこういう気分なんだろうな」

と妙に頷いてしまった。

若い御夫妻は未来が見えると言ったが、老境の旅人には

懐かしい昔が見えるのですね。

何時まで座っていても飽きない不思議な椅子

「そろそろ帰るとするか」

と大きな独り言を荒波が消してしまった。

振り返ると今日の夕暮れが西の空を紅く染め始めておりました。

あなたも一度座ってみてはいかがですか

未来が見えるか

昔が見えるか

もしかしたら幸せがみえるかもしれませんよ・・・

房総半島最南端 野島崎にて