三社祭が終わっちまうと浅草っこはね、気の抜けた

ラムネみたいになっちまってね、

誰かに声かけられてもろくすっぽ返事も出来ないくらい

元気がなくなっちまってるんですよ。

それでもあまりお天気がいいので、のこのこと散歩に

出てきたわけで、こういう時はあの源さんに出会わないか

なんてキョロキョロしていたのに、まったく姿は現れず、

そういえば、雷門の大提灯が修理で消えちまっても、

あの源さんの姿だけは見えない日はないのに今日で三日も

姿を見ないのですよ、

「あのさ、源さんの姿見かけたかい」

「あれ、そういえばここ二、三日顔を見ないね」

まさか病気なんてことは・・・

あるわきゃないよな、いくら酒飲んだってびくともしない肝臓、

何を食っても当たったことのない胃袋、それに毛の生えてる心臓、

それが三日も顔を見せないとは、只事じゃないわな、

ちょっと心配になって源さんの家に向かったら、丁度オカミサンが

やってくるのにぱったり、

「源さんになにかあったのかい」

「みんなに言わないって約束してくれる」

「ああ、こう見えても口は堅い方だからね」

「三日前の夜にね、いつもの通り酔っ払って帰ってきたのよ

そしたら顔中青あざ、おでこには大きなたんこぶ、

どうしたのかって聴いたら、滑って転んだって言うのよ」

いい歳の男が顔面から地面にそのままぶつけるって、

酔っ払っていたってそんな転び方しないはず、

問い詰めたら、誰かがバナナの皮を捨てたやつがいて

そいつで滑ったって言い張ったらしい。

翌朝、顔を洗って鏡見たら急に

「オレは誰にも会いたくねえ」

って布団にもぐりこんで今日で三日目なんだとか、

「そんなにひどい顔になっちまったのかい」

「もともとたいした顔じゃないのに自分は二枚目

だって思い込んでいるらしいのよ、三日も家に居られちゃ

こっちまで気が滅入っちまうじゃないの」

「よし、そうとわかったらアタシに任せな」

源さんの家の戸を開けると奥に向かって

「よう、源さんいるか」

すると、「誰もいませんよ」だと、

「何だ声はすれども姿は見えず、ほんにお前は屁のようだ」

「何を、屁とはなんだ」

ってカラカミ開けて姿を現したその顔を見て

「クッ、クッ、クッ!!」

「チキショウ、そんなにオカシイか」

「いや、あんまりいい男に変身してるから嬉しくなってさ

ちょうど腹が減ったから一緒に飯でも食おうかって誘いに

きたんだからちょいと付き合いなよ」

「いやだ、誰にも会いたくねえ」

「祭りの後だからみんなボーッとしていて、誰も源さんの顔なんて

見やしないよ、それより旨いもの食って元気にならないと観音様が

へそ曲げちまうぞ」

嫌がる源さんを無理やりひっぱり出して、白日の下でよく見たら

よくもここまで凸凹になっちまった顔だと笑いそうになるのを堪えて、

「鰻かい、それとも寿司か、アタシのおごりだよ」

「三日も何も食ってねえのにいきなり鰻なんて食えるかよ」

どうやら口だけは達者ですよ、それじゃ胃にやさしいヤツにしよう、

といつもの蕎麦屋へ、女将さんが

「あら、どうし・・・」

慌ててウインクして顔のことは触れないように指を唇に当てて

「えーと、源さんは病み上がりだから うどん、アタシはいつもの蕎麦を、

ああ、お銚子はいらないからね」

急に源さんの口が尖がったけど、珍しくおとなしいまま、

そりゃそうですよ、三日も断食してたんですからね、

うどんすすっていくらか元気になった源さんに、

「もう一軒付き合いなよ、次はお汁粉か、みつまめがいいか」

そうしたら、急に顔をあげた源さんが

「もう勘弁してくれ、お汁粉食うくらいなら死んだ方がましダ」

って店飛び出しちまって、大股で路地から路地を歩きだしたというわけ

これで、なんとか元気になってくれるだろう、まったく顔に似合わず

ハートがデリケートなんですよ、源さんは・・・