「お女将さん、クーラー強くしてよ」

行きつけの店のドアーを蹴破るように飛び込んで来るなり

口先オヤジのYがわめいた。

「あれ、この前 地球温暖化を防ぐためにはクーラーは

弱くしなければ駄目だ って言ってたのは何処のどなただったっけ」

「おお、散歩の散ちゃん、其処にいたのか、

アタシは身体に悪いからクーラーはつけません って言ってたのは

何処のどなたさんでしたかね」

顔をあわせると嫌味のひとつも言いたくなるってぇーのは、まあ、

五月の鯉の吹流しみたいなもんでしてね、

「冗談じゃねーよ、これから散歩に行くとこだい」

「お、おー、表に出て驚くなよ、

 10歩も歩かないうちに焼き鳥になっちまうからな」

「そんな冷(つべ)たい所にじっとしてると

 持病の神経痛が出ちまうぞ」

全くいくつになっても口先ばかりの吹流しオヤジ連は

絶対に「そうだ」なんて口が裂けても言わないのでありますよ。

「行き倒れになっても助けに行ってやらないからな」

という熱い(?)言葉に送られて一歩表に出た途端、

熱風が押し寄せてくるじゃないですかね、

焼き鳥どころか黒焼きになって、黒門町の黒焼き屋に

飾られちまうんじゃないかと恐れをなしましたよ、

よろよろと歩いて辿り着いたのは大川端、

少しでも涼しい風に吹かれなけりゃ、

って思いつくのはアタシだけじゃござんせんでね、

先客がじっと見つめる川の流れがいくらか涼を呼ぶのでございますよ。

どんなに暑くたって、熱病に魘されてる若い者は引っ付いていたいらしく

見てるこっちの方が蕩けそうでありますな、なるべく近づかないように

しなくちゃね。

間隔を空けて階段を登ると、それまで川を眺めていた爺様がいきなり

大声をあげて反り返ったじゃないですか、

「あっ! ぶっ倒れる」

と慌てて後ろから抱きかかえると

「何しやがんでぇ!」

とものすごい形相で怒鳴られる。

何でも、夕方になると同じ場所で体操をするのが日課なんだとか、

全く紛らわしい爺ですよ、ありゃ 何処から見ても

ぶっ倒れる姿だったものな・・・

咄嗟のシャッターがその姿を捉えておりましたので、

うん、言われれば体操に見えないことはないかな

散歩はいろいろなことに出くわすから楽しいんですがね、

やっぱりYオヤジの意見は正しかったようで、

ちょいと歩いただけでふらふらになりましてね、

「往復、大人一枚おくれ」

そういうわけで、例の水上バスに乗り込んだというわけで、

いやいや、これはいいですよ、太陽が沈んだ夕暮れの東京の町

を眺めながら川風にあたるってぇのはね。

お台場に着いてそのまま降りずにいたのはアタシひとり、

浅草行きに変わった船上で、さんざん居眠りして

いい気持ちの東京散歩? あれ歩いてないか、

さてと、何もしなくてもお腹が空くのは生きてる証拠、

美味いものを食べに行くとしますかね、

再びの浅草は夕焼け・・・