小村井といえば、江戸の昔から梅の名所だったんです、
明治43年東京の下町を襲った大水害は何もかも流し去って
しまいました。

地震、水害、火事と何度も災害を受ける度に人々は無病息災を
神に祈り、その神を喜ばすために祭りを行ってきたのです。

この小村井に香取神社が創建されたのは平安時代頃のこと、
祭礼は今も厳かに続いているのです。
こちらの祭礼は、宮神輿が四年に一度だけ渡御されるので
神輿好きにはなかなか夢中になりにくいのでしょうが、
実はこちらの舞殿では毎年里神楽が奉納されるのです。

毎年も見せていただいておりますが、これが面白いの何の、
それで今年もやってきたというわけです。

今年の出し物は

  奉納 里神楽 『神明種蒔』

     稲荷大神

     天狐

     もどき

        葛西囃子 菊岡家社中

『神明種蒔』は十二座神楽の代表的演目で、軽妙な振る舞いが
とても楽しい神楽でしてね、

筋書きはいたってわかりやすく、

稲荷大神の言い付けで田を耕し、五穀を実らせるように命を受
けた天狐が熱心に種を蒔いていた所へ もどき がやって来て
種をほじくる、果ては食べてしまう、今度は餅を搗くと、その
餅を次から次と食べてしまう、
天狐はもどきにいろいろと仕掛けるその振る舞いともどきとの
やり取りが面白おかしく続くというものでして、

子供さんでもその仕草のおかしさには笑い声をあげるのです。

この『神明種蒔』は、今年の湯島天満宮の祭礼でも見てきてお
りましたので余裕をもって見ることができました。

湯島では松本源之助社中さんでしたが
菊岡家社中さんの表現は意外にコミックさをお囃子にも表現さ
れて見ているだけでウキウキしてしまいましたよ。

実は菊岡家社中さんの江戸里神楽にはある物語がありましてね
昨年の『日本武尊  伊吹山』を見終わった時にお話をお聞きし
たのです・・・

 毎年、里神楽をじっと見に来ている少年がおりました、
その少年が、「ぼくも神楽舞いをやりたい」と入門してきたと
いうのです。そのあまりの熱心さと、いまどき神楽に興味を持
つなんて珍しいと、その少年の希望を聞き入れたのです。

その少年は中学生になり、昨年の『日本武尊 伊吹山』で
初舞台を踏んだのです。

面をつけているので、まったく判らなかったのですが、
あの美夜受比売を演じたのがその少年だったのです。
まだ身体も細く、てっきり美夜受比売は女性が演じているもの
と思って見ていたのです。

あれから一年が過ぎました、あの少年は続いているだろうか、
とても気になっていたんです、

今年の『神明種蒔』の舞台が終わったとき、
再びお訊ねいたしました。

「去年、美夜受比売を演じた少年は続いていますか・・・」

「はい、今日も舞っていましたよ、最初に舞台に

 登場したでしょ」

「あっ、あの稲荷明神がそうだったのですか」

私はなんだかとても嬉しくてね、

「応援してると伝えてください」

そうお願いして境内を後にいたしました。
またひとり、日本のこころを受け継いでくれる少年を見つけら
れたことが嬉しくて仕方ありませんでしたよ。
祭りはいいですね、物語の中に、
 本物の物語が生まれるのですから・・・

 祭り二日目の朝、再び香取神社をお訪ねすると、神楽殿から
聞きなれた葛西囃子が聞こえてきます、
まだ祭り囃子の打ち手には日の浅い若い社中の面々が真剣に取
り組んでいる姿はなんと清々しいのでしょうか、

今夜はこの神楽殿で一夜を明かすのだそうで

「夜の秋の風がとても気持ちいいんです」と

笑顔で話してくれました。

若い社中が育っていくことで、伝統の江戸里神楽が末永く残っ
ていくことを心から祈っていた祭り旅の途中のことでございま
した。
   平成27年 白露 小村井香取神社例大祭にて