祭り行脚の旅を続けていると、

「えっ!なんだこの祭りは??」

なんてびっくりするような祭りに出会うことがありましてね、

中には、一度でもういいやなんていうモノから、来年も来てみたいと

想わせるモノまで、祭りも生き物ですからその形態は千差万別なんですよ。

祭りは四季を問わずどんな季節でも日本中何処かの町で繰り広げられて

おりますでしょ、

だって、日本人が祭りと呼ぶのは、何も神輿や山車が出る祭りだけじゃ

ありませんで、ほらあの阿波踊りからよさこいソーラン、中には

みんなでパレードから、市民祭りに盆踊り、そうそう花火大会なんていうのも

祭りに数えたら、何万という祭りがこの日本の中で繰り広げられて

いるのですよ。

いくらお祭り好きだからといって、そのすべてを見て廻るなんて不可能でしてね、

そうすると、自分で取捨選択をしなければならないわけで、

まだ見たことも無い祭りから、もう一度見てみたい祭りまで、その時の気分に

応じて選び出しては出かけるわけですよ。

中でも、夏祭りは人出と暑さというもうひとつの難関を越えていかないと

祭りの中に身を置くことが出来ないわけでして、

その暑さとの格闘みたいな祭りを体験しておくことは、夏の祭りを巡るには

避けて通れないところで、ならば、一番暑い町の祭りを体験しておこうと

思い立ったのが、埼玉県熊谷の祇園祭だったのです。

五年前に初めて熊谷を訪ねてそりゃもうびっくり、アタシの持ち歩いている温度計は

気温43度を指していたのですよ、

その暑さをもろともせずに祭りに興じる熊谷人はもう人間とは思えなかったですね。

その暑さの中で、祭りに掛ける熱意はもう理解のワクを超えていたんです、

きちんと統制の取れた祭り神事をこなす人々の情熱は

どこからくるのだろうか、

「これは、一度や二度の訪問では理解できない」

と思えたのです。

まず、決められた祭日7月20、21、22日を変えないということ、

あんに、人が集まらないからと土、日に変更するなどという

手段はとらないのです。

そのことだけでも、いかに神事を大切にしているかと云うことが

わかるということですよ。

さて、今年は三日間の祭り日が平日でしたので、

多分、いつにより人出も少ないだろうと予想しながら、

熊谷駅を降り立つと、

「あれ、そんなに暑くないな」

すでに7月の初めから猛暑に慣らされていたアタシの身体は、

敏感に暑さを選り分ける機能を身に着けていたのかもしれませんね、

毎年伺っていると、祭りの段取りもかなり判りかけてまいりますよ、

まずは、町中に設えた八坂神社のお仮屋に参拝、さっそく巡行祭へと

向かいましょう、

各町内の山車屋台が次々にやって来ます、

十二台の山車屋台が勢ぞろいした姿は見事なものですね、

山車の上では勢いよく若者達のお囃子が唸りをあげています、

そしてあの大きな摺り鉦から

「ガーン ガーン ガーン!!」

と相変わらずの凄まじい音が響き渡るのです。

そんな各町内の山車屋台の中から、年番町を探します、

どうやら今年は 第壱本町区 が年番のようです。

「年番札」を高々と掲げての巡行は、もう誇りに溢れておりますよ。

その時、はっきりと判りました、

この暑さの中、堂々と祭りを執り行う意味が、

それは、歴史や関東一といわれるスローガンではなく、

町の生き様、町の誇りがそうさせているということを、

この誇りが無ければ、他に類の無いような夏の猛暑の中を

涼しげな顔で祭りを続けることなど出来やしないということをね。

この町から祭りを無くしたら・・・

果たして人々は胸を張って生きられるでしょうか、

親は子供へ、無言のうちに誇りを盛って生きることの意味を

伝えられるでしょうか。

誇り こそが、暑さを乗り越え、明日へ向かって前向きに生きていくことを

感じていた祭り旅の途中です。

今年で五度目の熊谷祇園祭、

訪ねるたびに、またひとつ生きる意味を教えてもらっているようです。

(2015年夏)