「よう源さん、しけた顔してどうしたんだよ」

「どうもこうもねーや、世の中右を向いても

左を見てもみーんな俯いてばかりでよ、仕事なんか

ありゃしないぜ」

いつもならカラ元気の親玉みたいに闊歩しているのに

首はうなだれ、こころなしか歩く姿に力がありませんでね、

「たまにはご馳走するから行かないかい」

「なんだい珍しいじゃねーか、下戸の散ちゃんが奢るなんてよ」

「そんなにしょげてる源さん見ちゃ黙って素通りできないじゃないか」

縄暖簾掻き分けて馴染みの店へ

「おっかさん、いつもの頼むよ!」

「あら、珍しい組み合わせじゃないかね」

「あたしゃ、いつものウーロンストレートでね」

呑むほどに源さんの口も滑らかに

「今月はまだ二軒しか仕事ないのさ、カカアは甲斐性なしなんて

云いやがるし、何もこっちだって好き好んでぶらぶらしてるわけじゃ

ないのによ」

あたしはじっと聞き役に徹しておりましたが、

アベノミックスとかなんとかはどうしたんですかね、

このままじゃ庶民はみんな討ち死にしちまいますぜ

庶民がいなくなった国で、政治家が何をやるっていうんですかね。

すっかりいい気持ちになった源さん、

「もう一軒行こうよ」

と駄々を捏ねるのを宥めすかして、

「今日は一軒にしとこうよ、その千鳥足で帰ったら

 またおかみさんが角出すからさ」

焼き鳥土産に持たせて店を出る、

「大丈夫、大丈夫!」といつものセリフでくるりと後ろ向き、

「あっ!」

あたしは源さんの背中にかじり付いてる爺を見つけましてね、

「源さん!ちょっと待ってよ」

そしてその背中の爺の耳元で、

「このオヤジだけは勘弁してやっておくれよ、

 これ以上せっつくと本当に死んじまうからさ」

察しのいいその爺さん小さく頷き、すれ違った俯き加減のオヤジの背中に

ひょいと乗り移るとにこにこしながら遠ざかっていった。

「何、ごちゃごちゃ言ってたのさ」

「いやなんでもないよ、いくらか気分はよくならないかい」

「なんだか、肩がすーっと軽くなった気がするな」

「それで十分だよ、それじゃお休みよ」

心無しか源さんの後姿が張り切って見えた浅草でございます。

「さっきの爺はだれかですって・・・、大きな声じゃ云えないけど

 近頃、あっちこっちに出没する『貧乏神』ですよ」

それじゃ、あなたも取りつかれないようにね。