「故郷は散る紅葉ばにうづもれて 軒のしのぶに秋風ぞ吹く」

          源俊頼朝臣  『新古今和歌集』

もう山からは雪の便り、

山から下りてきた紅葉風は

里の木々の葉をほんの束の間染め上げて

やがて刻の彼方へ消えていく。

師走も半ばだというのにどうも冬という気がしないのは

足を踏み入れた処が紅葉の真っ盛りだったからかもしれない、

この国には四季という観念が身についてしまう豊かな自然の

恵みがある、一方で暦という便利なものもある、

暦に引っ張られると、今は冬、なのに目の前は紅葉の真っ盛り、

どうやら頭で自然を理解しようとすると、その通りに

ならないことが矛盾を起こさせているらしい。

暦というのは人間が便宜上作り出したひとつの

基準であるけれど、

自然は別に暦を読んでそれではそろそろ紅葉を始めるか

なんてことを考えてはいないだろう、

でも、こうしてあの緑鮮やかだった葉が、

一斉に彩り鮮やかな紅色に変身するのには、

きっと誰かがそう教えているに違いない、

苔むした石段を登ると、全体を見渡せる見晴台にやってくる、

ざわざわと木の葉が揺れた、

「そうだったのか、風だよ 風!」

風がみんなにそっと語りかけていたんだ、

「もう北の国じゃ雪が舞ったよ、そろそろ化粧を始めないと

舞台はおわってしまうからね」

「あたしの今日の化粧はどうかしら」

いろはもみじがとなりの楢の葉に呟く、

「アナタが綺麗にならないと評判が落ちてしまうから頑張るのよ」

「ああ、もう我慢できないよ、お先に失礼するよ」

大きな公孫樹の樹の梢から、もう黄色になりきっていた

アヒルの足の形をした葉がはらり散っていった。

「あら、気が早いのね、みんなで揃って舞台に立たないと

見栄えがしないのにね」

その風は、木々の間を抜けていく度にみんなに声を掛けていたんです、

「早くしないと、霜が降りてしまうよ」

ざわざわとしか聞こえなかった風の声が通り抜けると、

藁葺き屋根の上で楓が真紅に変わっていく、

「ねえ、あの風が合図を送っていたのかい」

「そうよ、紅葉の始まりはあの風さんの合図から始まるの」

「そうだったんだ、それであの風は何と呼ばれてるのかな」

「みんなは紅葉風さんと呼ぶのよ」

「紅葉風か・・・、もしかして色があるのかな」

「アタシの上を通る時は紅色よ、公孫樹さんの横を通る時は黄色、

それから桂さんのところを二度廻るのだけれどその時は茶色なのよ

もう少し赤くしてあげればいいのにね」

「そうか、だから桂さんはいつも一番後ろで俯いているんだね、

でもそれはさ、君を引き立てるためにそうしているんじゃないのかな」

「えっ、アタシのためだったの」

「そうさ、舞台の主役は何時だって脚光を浴びなければならないのだからね」

「そうだったの、それじゃもっとねんごろにお化粧しないとね」

こうして束の間の舞台を眺める人々が呟くのです。

「今年は色が鮮やかじゃないかね」 と

夢を見ているような気がしていたが気がつくと2時間ほどの

時が流れていた、

「やけに熱いな」

何時も持ち合わせている温度計が24度℃を超えている、

どうしたというのだろう、たった二時間で冬から秋を通り越して

夏に戻ってしまったようじゃないか、

もしかしたらこれもまだ夢の中の続きなのだろうか・・・

 横浜 三渓園にて