桜の花は散り時がくると、自らはらはらと舞い落ちる、

そこに追い打ちをかけるように吹き付ける風、

「何もそこまでやることはないだろう」

と風に向かって文句のひとつも言いたくなるじゃないですかね、

桜贔屓のアタシには憎き風、

ところが舞い散る桜の下で、小さな子供達がはしゃいでいる、

「わーい、ユキだ、ユキだ!」

一陣の風にはこんな優しさもあったんですね、

上を向かずに、足元ばかり見ながら歩いていると、

その散り敷いたサクラを踏みつけることになってしまう、

何だかこころが痛みますよ。

ここは大好きな城沼のほとり、季節を問わず何度も訪ねたく

なるのでしてね、

春は桜に、見事な躑躅の群生、大好きな田山花袋のふるさとに、

旨いうどんが食べられる、

近頃は夏の猛暑では熊谷と張り合ったりして、夏の度胸ためしには

いいかもね、

東京から高速道路を北へ向かって当て所も無く走りだすというのが、

近頃の旅のやり方になっていましてね、

利根川を渡ると、なんとなく旅気分が沸いてくるのですよ、

すると標識に 館林 の文字、

もう条件反射のようにウインカーを上げて、

吸い込まれるように館林インターから此処城沼の辺へ、

一時間もかからずに旅人へ変身しているというわけでして、

東京から来ると、そんなに疲れず、それでいて旅心をくすぐられる町、

それが 館林 なのかもしれませんですよ。

城沼の辺りをのんびり歩いているだけで、薄っすら汗をかく季節です、

先ほどまで、文句たらたら言ってた風が今度は偉く心地いいのですよ、

鶴生田川にやってくると、川が鯉で埋まっているんです、

鯉幟ですよ、

いやいやその数たるや、もう最初から数えることを躊躇するほどの

圧倒的な数に、しばし呆然と佇むのみ。

すると、

「もう少し風が吹かないかな」

まったく、人間というヤツはどこまでわがままにできて

いるのですかね。

そういえば、水の中に居るはずの魚を空に泳がせて

やんやの喝采を上げる国民なんて、世界中探しても

日本人以外はおりませんよ、

「何がグローバルスタンダードだ、

  日本人には日本人の生き方があるんだ!」

なんて今度は世界に向かってアタシは叫んでおりましたよ。

それにしても、青空に泳ぐ鯉幟ってのはなんと気持ちのいい

ことでしょうか。

桜を散らす風に文句たらたらわめいていた同じ人間とは思えぬ

変身振りにちょいと気がひけますわな。

「江戸っ子は、五月の鯉の吹き流し、

口先ばかりではらわたはなし」

と言うじゃないですか、あの鯉幟に免じてご勘弁を。

こうして毎日どこかの旅の空の下で上を向いたり、

足元眺めたりしていると世過ぎ身過ぎを忘れますな、

まあ、風に向かって文句言ってるくらいが年寄りには害がなくて

よろしいのではないですかね、

この文句、御舅さんや女房殿に言ってごらんなさい

血の雨が降りますぜ、

だからアタシはいつだってひとり旅、

何かしていないと退屈する方にはお勧めはしませんがね、

さてと、また風に吹かれてどこかへ飛んでいきますか、

ヘッ、ヘッ、ヘッ。