「人生は過ぎ去った記憶ですよ」

その男は濡れそぼる舗道を見つめながらそう呟いた。

言われてみれば、半世紀も歩き続けている街の真ん中で、

そこにはあるとあらゆる記憶がこびり付いている。

この街の何処に佇んでも、若かりし頃の記憶は一瞬に蘇る、

なのにすれ違う人の姿は、その記憶の中には

何処にも存在しないのです。

半世紀ですよ、どれ程多くの人に出会ったでしょうか、

ただすれ違っただけでは、記憶の中に蘇ることはないのです。

今すれ違った人は、

紛れもなく自分の人生の中で接点があったはず、

しかし、

明日になればもう記憶の何処にも残っては

いないでしょう、

人生とは過ぎ去った記憶そのものですよ。