「お前の故郷はこんなに美しい景色が見られていいな」

何気なく云った言葉に、信州生まれの友人は

「一番いい季節に来ているからそう感じるだけ、

住んでみると、冬は雪こそあまり降らないが

その寒さは尋常じゃないのさ」

中学卒業までふるさとで過ごした友は、あの時代がそうさせたように

集団就職の一員として東京を目指してふるさとを後にした。

紛れも無く団塊の世代の友は、多くを語らないが必死に生き抜いて

今は小さな会社を興していた。

仕事の話はあまりしたがらないが、ふるさとで過ごした子供の頃の

生活を時々目を潤ませながら話すことがある。

「オレの家はさ、貧乏で子沢山、夜寝てると、隙間風が部屋を

吹き抜けていって、鼻が凍傷になることがあるのさ」

目の前の景色からは想像もできない厳しい風土なのだという、

それでもそこに代々住み続けている人々はこの厳しい風土のなかから

生きる術を見つけ出していくのです、

冬の気温はとてつもなく寒いのに、

降雪量は少なくて晴れの日が多い内陸性気候

これがこの茅野の風土、その風土に一番適したものは『寒天』、

江戸時代から続く寒天造りは見事にこの土地の風土を生かした

人間の知恵が作り出したもの、

五月も終わろうというのに、まだ田圃は代掻きが終わったばかり、

桜が咲く頃なのだから当然といえば当然のこと、

風土というのは、その土地に来てみなければ判らないことばかり

なんですよ、桜だって花の咲いている時期だけ見ていては桜の

本当の姿はわからないように、人間も、樹も、山も、目の前の姿だけを

見ているだけでは、本当の姿は見えてこないのですね。

もう両親を見送って、ほとんどふるさとへ戻ることがなくなった友は

じっと八ヶ岳を見つめながらポツリと呟いた、

「東京で死にたくないよ・・・」

山の上の空にぽっかりと夏雲が浮かんでいた、

私は何も答える言葉もなく、その八ヶ岳の上に広がる空を

じっと見つめるだけでした。

ふるさとって、こころの奥にしまっておけるものじゃないのかな・・・