茨城県行方市麻生の八坂神社に昔から伝わる神事である「馬出し祭り」

へ伺った。

古宿・新田両集落が中心になって江戸時代から続いているという祭り

は夏の祇園祭として続いている。

なにしろいつもの「珍しい祭りがあるよ」という誘いに、

飛んできてしまったのだから何の下調べもない、

何が行われるかさえわからないという全く白紙の状態で

祭りに向かい合うという、いささか不謹慎を感じながらの祭り参加と

相成りました。

行方(なめがた)の地は、昔、母方のルーツを追って何度も訪ねた町ですから、

土地勘はありました、しかし、祭りを知らせるポスターも、幡も、

何もありませんよ。

神社の場所さえわからないのですから、地元の方にお聞きするしかありませんでしょ、

しかしその尋ねる人の影さえないのです、何しろこの暑さ、町を歩いているだけで

ボーッしてきますよ、これは明らかに熱中症の初期症状、

慌ててお店に飛び込んで冷たいお茶をいただきながら、神社の場所を

尋ねると、霞が浦の天王崎にある神社だと教えていただく。

暑さでふらふらになりながら、松の並木に囲まれた八坂神社へ、

本殿前に神輿が大小二基、榊の木が大切に飾られている、

やがて、五色の吹流しに飾られた馬がやってくる。

どうやら馬の背に稚児を乗せるらしいのですが、

中々旨くいきませんで、やっと背に乗ったとたんに馬が突然興奮、

いったいどんな祭りになるのやら・・・

古宿集落を巡ってきた一段は、改めて新田地区へと神社を跡に出かけて

しまうと、境内は閑散として、のどかな日常へ戻ってしまった。

留守番役のH野さんは佐原生まれの祭り好きとあってすっかり気があって

しまい、祭り話に華が咲いてしまった、この祭りについても説明して

いただき、なんとも珍しいことが行われるというのです。

「本番は明日だから、また来て見るといい」

この猛暑の中、再び訪ねることになったのは、H野さんの話にすっかり

引き込まれてしまったからなのですよ。

(子供神輿の相手はこちらのオロチ馬?)

東北の相馬では馬追い祭りが盛大に開催されているでしょう、

こちら行方の地も昔から朝廷に馬を献上した歴史のある馬の里でも

あるのですから、祭りに馬が登場するのは当たり前のことなのかも

しれませんが、その馬のかかわりが この辺りに伝説として伝承されて

いるヤマトタケルではなく、スサノウノミコトの伝説が祭りの中に

取り込まれているのです。

出雲を旅すると必ず目にする ヤマタノオロチ伝説が何故この常陸の地に

残されているのかは興味津々なのです。

(清めの儀式)

H野さんの説明によると、

馬をヤマタノオロチに見立て、神輿はスサノウノミコト、

馬を境内に引き込むと、神輿を担ぐ大勢がときの声をあげて馬を追いかける

というのです。

それも一度や二度ではなく、何度も何度も執拗に繰り返されるのです、

さすがに馬のヤマタノオロチは、怖気ついて境内に入らなくなるのです、

多分、そのことが、悪霊祓いの意味が込められているのかもしれませんね。

(子供達の合戦)

翌日も、猛烈な暑さの中、松並木に囲まれた八坂神社を訪ねると、

正に、これから壮絶なヤマタノオロチ退治が始まるところ、

神聖な神事を表すために、塩蒔きの若者が参道を清めると

神輿が鳥居の傍まで馬を迎えにいく、本殿前に戻ると

馬の手綱を持つ若衆が神輿に足を掛け挑発するのです、

馬を興奮させて、三度ほど神輿の前で廻すと、神輿連がトキの声をあげて馬を威嚇する、

驚いた馬はビックリして駆け出すと、その後ろから神輿連が馬の後を歓声をあげながら

追いかける姿のなんと凄まじいのでしょう。

大きい神輿は大人たちが、小さい神輿は子供達が交互にこの馬出し神事を

何度も何度も繰り返すのです。

さすがの馬も、境内に入ると脅かされ大勢に追いかけられるのですから

最後は鳥居を潜るのも嫌がるのです、その頃合を、悪霊を祓ったと

見切るのです。

こうして、平安を手にした氏子達は、神輿を鳥居から外へ出し、

目の前の霞が浦の浜辺へ神輿を運ぶ、多分、水による穢れを祓う儀式で

神輿を海(霞ヶ浦)に浸けるに違いないと固唾を呑んで見つめていると、

役幹事から「待った!」の声がかかる、

何時もなら、そのまま海に入り最後の神輿の揉み合いがあるはずでしたが、

今年は、綺麗に直されたばかり(今年の三月に出来上がった)でしたので

海に浸けた後の始末が大変(膨大なお金がかかるのです)だと、今年は

浜で穢れ落としと相成りました。

しかし、気が立っている若衆連は納まりがつきませんで、

榊の台を海に運び、最後の気勢をあげることになりました。

見せるための祭りは数々ありますが、この馬出し祭りは

氏子による氏子のための祭りだということがひしひしと感じられた祭りでした。

数々の祇園祭を観てまいりましたが、初めて観る奇祭と感じる祭りでした、

ひとつひとつの動きから、どんな意味や願いが込められているか、

若者達はその体験を通して身につけていくのですね、

そういえば、お囃子がないことを終わるまで気づきませんでした、

あの人の歓声がこの祭りのお囃子だったのですね。

またひとつ、日本人を身近に感じた祭り旅の途中です。