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ある日のこと、

男は抜けるような青空を見上げた、

「東京にもこんな透き通った空があるんだ」

たった五日間だった、

ふるさとへ戻っていった人々が東京へ帰ってきた、

「相変わらず東京は暑いですね」

家族奉仕に明け暮れたという若い父親は疲れ切った顔で

その空を見上げていた。

「お疲れさん」

男はその若い父親を労うように軽く肩を二度叩いた。

仕事に戻っていった若い父親の後ろ姿を見送ると

いつも上り下りする駅への階段に目をやる、

老婆がまったく何の音も立てずにその階段を下りている、

「婆ちゃん、帰りそびれたのか」

「何処へ帰ると思ってんだ」

「お盆は終わったんだよ、せっかく天国にいたんだろ、

 戻れなくなるぞ」

「なんでそんなこと知ってるんだね」

「だって、婆ちゃん、その階段を何の音も立てずに

 下りてきたからすぐにわかったさ」

「そうかい、わかっちまったかい、

 どうせ、娑婆に居るときも、あっちへ行っても

 ひとりの生活は変りやしないのさ」

「あっちじゃ、知り合いが沢山待ってるんだろ」

「そりゃ、娑婆の人間が考えることさ、

 娑婆の方がずっと楽しいに決まってんだよ」

婆ちゃんはそういい残すと、足音を立てない歩き方で

階段を下りていった。

「まあ、地獄の蓋も閉まったというから、

 地獄へ行くことはないだろう」

男はまぶしそうにもう一度青空を見上げ、再び視線を戻すと、

そこに居るはずの婆さんの姿がない、

「どこへ行っちまったのかな」

路地を抜け人通りのない店の前に女性が立っている、

背中に男の視線を感じたのだろうか、その女性が振り返った、

あっ! さっきの婆ちゃんじゃないか、

にやりと笑った口元には毒々しい真っ赤な口紅が塗られている、

「何で、アタシだってわかったんだい」

「そりゃ、目尻の皺が・・・」

「嫌なヤツだね、女は幾つになっても女なんだよ」

「でも、その格好はな」

「似合わないかね」

「うん」

「まあ、いいさ、娑婆じゃこれくらいしないと

 誰も相手してくれないからな」

「何処までいくのさ」

行き先を告げずに、あの婆さんは相変わらず音をたてずに

路地の向こうへ消えていった。

お盆に帰らなかった魂は、娑婆の隙間でそっとこっちを見つめている

ということなんだろう、

もしかしたら、オフクロもすぐ近くでじっとこっちを見ているのかな、

けたたましい音をあげながら都会電車が遠ざかってしまうと、

静かな東京がまだ残っていた、

もう一度空を見上げると、浮雲がぽっかり、

こうして、故郷のない男のお盆が終わった。