河津川は 天城の瞳 と呼ばれる八丁池に端を発し、

河瀬となって寒天橋の下をくぐり、最初の滝、(河津では

昔から滝を たる とか だる と呼ばれているのですが

この国の美しい古語を今に残す貴重な名なのです)

二階滝(にかいだる)を落下し、今の季節であれば

美しい紅葉の中を流れ続け、やがて、1.5kmに渡り連続した

滝が次から次へと現れる、釣り人にとっては、天然鮎、アマゴが

あがる貴重な川だという。

天城隋道を下ってきた旅は、急遽、河津川を探る旅に変更、

と云っても、秋の陽はこれから八丁池往復などという時間を

待ってはくれないし、今の私の体力では寒天橋から始める下る一方

の散策が相応しい。

二階滝を流れ落ちた瀬は自然が作り出した川道をうねりながら

瀬音を響かせながら時には姿を隠し、時には目の前に現れながら

下っていく。

あの踊り子達が歩いたのもきっと

この河津川に沿った道だったのだろう。

いいかげん嫌気が差し始めた頃、最初の釜滝が現れる。

さらに えび滝、そしてへび滝ときては、

その名前からあたりをうかがってしまう、

まさか本物の長虫など勘弁してくださいよ。

暗い山道からひょっこりと飛び出したところが初景滝、

なかなか豪快な落下振りにしばし休憩、

もう秋の陽は山の向こうに沈みはじめたのだろう、

この谷の底までは光は届いてこなくなり始めている。

誰もいないと思っていると、若い二人が反対側から

やってきた、どうやら観光客はこの滝までやってきて

戻っていくのがお手軽コースになっているらしい。

若い男女のカップルだとばかり思っていたら、どうやら

男の二人連れ、滝の前で盛んに写真を写す。

さてともう一息歩くとするか、

見れば少し川幅の広がった真ん中に大岩がある、

注連縄が周りをめぐらせ、岩の上に小さな皿状のものが

乗っている。

「何々、ここから願いを込めて石を投げてあの岩の上の

皿にその石が乗れば願いが叶う よって大願成就の岩とな」

底には桶に入った丸い小石が二桶置かれている、

さすがに、願いはただと言うわけにはいかぬらしい、

三回投げて百円とな、なにやら遊園地の射的気分、

賽銭箱に百円投入、丸石を握り、

岩の上の籠まで距離はおよそ3m、これなら三回に一度くらいは

乗せることができるだろう、オーバースローだと

勢いがつき過ぎるだろうから、アンダースローでふわーとした

投球が相応しいと決断(少し大袈裟ですかね)、

まず胸に手を当て、百円の1/3ですから大願はちと大袈裟だろうと

小願にして、エイ!と投げれば、あの大きな岩にも当たらずに

落下、小さな石をコントロールするのは以外に難しいことが判り、

慎重に第二投、カチン!と音はしたがまたもや小石は落下、

「こりゃ、案外難しいぞ」

そして運命の第三投は虚しくも川の中にドボン!

あーあ、大願成就ならず、

そこへ先ほどの二人組みがなにやら夢中になっているおじさんの挙動に

興味をもったか、「こんなの簡単ですよ」と抜かすのですよ、

「よーし、誰が最初に乗せられるか勝負だ!」

きっと神様は呆れていたのでしょうね、三人が三回づつ都合九回の

運試しは全て叶わず、

「どうやら三人とも願いは叶わぬらしいや」

考えてみれば、あの岩の上にある籠の中に入っている石は数えられるほど

少ないことを見抜けなかった三人の判断の甘さを気づくべきでしたよ。

「願いは自らの努力で築こうじゃないか」という結論にて、

若者達とお別れをする。

海の匂いが近づくと、両岸には8000本とも言われる河津桜が

春まだ遠い2月にあの独特の赤みを帯びた桜花を咲かせるのです。

全長10kmに満たない河津川、その変化と美観を供えたままやがて

相模灘へと流れ込むのです。

気が付けばすっかり夕闇があたりを覆いだしておりましてね。

別段、七つの滝を全部見ることもあまり意味ないように思われ

湯ケ野の温泉へとなだれ込むのでありました。

それにしても、伊豆の旅は、踊り子あり、女の情念あり、

滝あり、大願成就ありと師走の伊豆は静かで変化に飛んだ

楽しい旅でありましたよ。

南伊豆 河津川の滝めぐりを終えて