村の一番の高みにある地蔵堂に向かって山路は少しずつ
傾斜をきつくしていく。
ふらりと訪ねた江月の集落は何も変わっていなかった、
丘のような山に囲まれたその裾野に点在する集落
辺りに立ち込める日本水仙の香り、
菜花も実のなる木もそして空の色も一年前に描いた絵の
そのままのようにそこに静かにその姿を見せてくれて
おりました。
能城さんを訪ねたが生憎の留守、あの犬が迎えてくれた。
「よろしくと伝えておくれよ」
理解してくれたかどうかは知る由もないが、
頷いてくれたような気がしておりました。
滅多に人に出会えない山路をノンビリと歩いていると
ひとりの婆さまに出会う。
「こんにちは、温かくてよかったですね」
「おかげさんで楽させてもらってます」
道端で四方山話が始まるのは何時もの旅のやり方なんですよ。
「水仙の出来はどうですか」
「あまり比べたことがないからわからんよ」
ここ江月に嫁にきて50年になるというWさんは、
「嫁に来た時から毎年同じ景色だからね、
水仙が咲くと収穫して送り出す、その繰り返しがあるだけさね」
同じことの繰り返しか・・・
それが出来ることの幸せをふと想っていた。
「あんたさん、これからどちらに行くね」
「別に目的はないよ、この江月に来たかっただけだから」
「何もないだろ」
「この先に地蔵堂があったよね、そこにお参りしてから
佐久間へでも抜けてみるよ」
「気つけて行きなさいよ」
「ありがとう、婆ちゃんも達者でね」
此処はは平和な生活を営々と今も続けているもうひとつの
桃源郷だったのかもしれない・・・
何気ない瞬間が輝くことを知ってしまった旅人は
この先の小さな峠を黙って越えていくのでしょう、
何度も振り返って手を振ると、W婆ちゃんは其のたびに頭を下げて
見送ってくれるのでした。
一年先にまた水仙が咲いたら、訪ねてこよう
何も変わらない江月の里を・・・
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