どうもガキの頃から浅草を遊び場に育っちまったオヤジは
いくつになっても子供心が抜けないのでありましてね。
なにしろ浅草は縁起物の宝庫、
ほおずき市、酉の市、羽子板市にはその縁起物がずらりと並ぶわけで、
五穀豊穣、大漁追福、商売繁盛、家内安全、無病息災、安寧長寿、
夫婦円満、子孫繁栄、祖先崇拝や招福祈願もう何でも揃うわけで
ございますよ。
市があるたびに縁起物が我が家に集まってくるわけで、
招き猫、宝船、七福神、破魔矢に絵馬、羽子板にかっこみ熊手と
アタシの部屋などは縁起物で溢れかえっておりますよ。
近頃じゃ、鬼姫様から
「もういただいてこないでください」
と釘をさされる始末、
でもね、あの縁起物を商う店の前に立ち止まると、
つい口と手が出ちまうのですよ、アタシみたいなオヤジが
いなくなったら縁起物屋も商売あがったりじゃないですか、
人助けが福を運んで来てくれたらこれ以上の幸せはありませんでしょ。
大体が東京の東の下町でぼちぼち生きてる身には、唯一、縁起物で
なかなか手に入らないものがありましてね、
それが だるま なんです。
そりゃ、浅草にも、西新井大師にも、柴又帝釈天にも商っている店は
ありますがね、時々ニュースで流れてくるだるま市の盛況を見るたびに
一度そのだるま市を見てみたいと想い始めましてね。
一昨年の暮れ小田原のだるま市を始めて訪ねて、あの真っ赤なだるまが
山のように飾られている風景にすっかりやられちまいましてね。
だるまの市は、一月七日の高崎だるま市が一番だと教えられたのですが、
七草というのはなかなか出かけることができないのですよ、
それで松の開けるのを待って、そら前橋だ、小山だと巡り歩いて
いるのですよ。
次はどこかと聞いてみたら、青梅でもだるま市があると
教えていただきましてね。
何でも、だるまと養蚕とは切っても切れない縁があるらしく、
東京では多摩地区にだるま市が多いのだとか。
青梅なら通いなれた町ですよ。
中央線に乗れば一時間半も掛からずにいける町です、
夜までやっていることを確かめていざ、青梅へ、
休日の電車はガラガラ、スチームの効いたイスにいつしかコックリ、コックリ、
「終点ですよ」と起こされたのは青梅駅でした。
寝ぼけ眼で駅に降り立てば、「おう、さぶいね!」
浅草辺りとは5度は違いますよ。
駅前の旧青梅街道に出ると、ずらりと並んだ露店の数あまた、
いつもなら映画の看板をみながらそぞろ歩く旧街道も、かなりの
人・人・人。
相変わらず、お好み焼き、べビーカステラ、焼き鳥、焼きソバと
食べ物屋のオンパレード、
住吉神社近くまで来てやっとだるま屋さんを見つけましたよ。
お好み焼き屋さんには列が出来ていたのに、縁起物を商う店は
みなさん素通り、
しゃがれた声の店主が、
「見るだけでもいいからさ寄ってみてよ」
どうやら、だるまにはどこにも値段が書いていないので、
みんなきっと戸惑ってしまうのでしょうね、現代じゃ店に並んでいる品物には
みんな値札がついているのが当たり前ですものね。
毎年買いに来ている常連さんはもう顔なじみらしくて、
ニコニコ話をしながら今年のだるまを決めている。
あたしも、店主のしゃがれ声につられて足を止めてしまう。
「旦那、どれくらいのにしますか」
どうやら立ち止まった客は買うものと決めてくるのですよ、
「遠くから電車できたからあまりデカイのは持って帰れないからさ」
などと軽くフェイントを効かせて、
なるべく小さいのを指差して、値段を確認、
ところが、だるまの奥にアタシの大好きな 招き猫を発見、
その顔つきが不細工でね、それに、右手を上げている猫と左手を上げて
いる猫が揃ってこっちを向いているじゃないですか。
「オヤジさん、その招き猫が気に入ったよ、ふたつ並べて真中に小さなだるまを
置いてみてくれないかね」
もうこれはアタシのことを待ってくれていたんだと、
「オヤジさん揃っていくらだい」
オヤジも一瞬間を置いて、○○円でどうです、
間をおいたところをみると、アタシを値踏みしたな、
間髪いれず、「もう一声!」
「よござんす、そんなに気に入ってもらったからえーい○○円だ!」
結局、大きなだるまを買ったくらいの荷物になっちまいましたが
やはり手ぶらじゃ気がひけますものね、
縁起物を担いで住吉神社へご挨拶、
お炊き上げが盛大に行われておりますよ。
めらめらと燃える役を終えただるまの姿を見つけて、
小さな男の子が
「だるまさんが可愛そう」
子供の眼にはそう映ったのですね、
若い母親がさかんに、「あれはねだるまさんが喜んでるのよ」
大人は、子供への説明に何時の時代だってしどろもどろするもので
ありますな。
こうして四百年続いているという青梅の縁日は今年も福を授けて
くださるのでございました。
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