「そんなに人の顔をジロジロ見おって、何か付いておるのか」
「いえいえ、こう毎日雨ばかりで、
雷様もお疲れではないかと・・・」
「わしの辞書に疲れなどと言葉はない」
「へへーっ、そりゃもうこの寒さの中祭りでもないのに
褌ひとつで おられるのですからお元気なことはよーく
判るんでございますが、たまにはお休みになられては如何かと」
「うん、中々殊勝なヤツじゃ、そうか働きすぎは身体に
悪いかな、それじゃ少し休憩でもするか」
浅草の雷様は根が働き者じゃござんせんでね、
休みだすとずーっと休みになっちまうんで
融通が利かないところがタマに傷なんでございますが、
人を疑わないところが大好きなんでございましてね、
どうやら昨日の源さんとの会話はまだ雷様には届いて
いないようですよ。
本当はそれが気になってちょいとご機嫌伺いってぇのが
本心なんでございますがね。
なにしろ空をみあげりゃ雨ばかりじゃ気も滅入るてぇもんで、
ちょいとお願いに伺ったらしばらく休むそうですから、
運動会の子供達もきっと楽しみを満喫出来ようってぇ
ものですよ。
「アリガタヤ アリガタヤ」
と手を合わせてひょいと見上げると、もう鼾かいて
寝てしまわれまして、
それ今の内だってんで、シャカリキになって浅草中を
徘徊いたしましてね。
何しろ近頃は、日の暮れるのが早くなりましてね、
真面目に仕事なんか片付けてひょいと顔を上げると
もう夕暮れが其処まで押しかけているってーわけで、
「こうしちゃいられねー」
って表へ飛び出すんでございますが、考えて見れば
別段急いでやることがあるわけじゃございませんで、
結局は何時もの通りぶらりふらりの当ても無い時間つぶし
なんでございますよ。
今は秋祭りがたけなわでございますよ、
そうだ、下駄がちびちまったから奮発するかな、
「オヤジさん、足の疲れない下駄をおくれ」
「なんですかい、下駄で京都まで歩くんですかね」
「そんなには歩けやしないやね、
祭りに履いていく粋な下駄がいいんだが」
「それじゃ、こちらで決まりですよ」
好みの鼻緒に挿げ替えてもらって
「此処から履いていくからね」
ってんで足をすーっと通すとまるで殿様になったみたいに
気分までシャキッてするんでございますよ。
履きなれたちびた下駄が古女房なら、
下ろしたての正目の桐下駄はさしずめ二号ってか・・・
雨もなんのその下駄ひとつで気分は秋晴れ
カランコロンと歩き出せば
「ちょいと兄さん」
「オレのことかい」
と振り向けば上目使いのすこぶるつきの姐さんが・・・
もう助六の気分で見栄でも切ろうかと大きく足を
踏み出したところで
「スッテンコロリ」
「おじさん、雨の日は滑るんだから気をつけなよ」
茶髪のおねえさんがとっちらかった荷物を拾って
くれましてね。
あっ、昨日の源さんと話していた悪口を雷様はやっぱり
聞いていたんだ、
「クワバラ クワバラ もう決して悪口は申しません」
浅草はまたも雨・雨・雨・・・
助六も 大股開けば すってんころり 散人
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