「カツン コツン・カツン コツン」

今の今まで空の雲が気になって気づかなかった、

歩く調子も、慌てた素振りも見せない同じ歩幅で

さっきから後ろを着いてくる気配に、振り向いてみた、

なんだ、誰もいないじゃないか、

気のせいだったのか。

気を取り直して歩き出す と

「カツン コツン・カツン コツン」

「冗談はやめなよ」

今度は悟られないように笑顔で急に振り向いてみた、

確かに中年男がおりましたが、靴音を消すことなく

怪訝な顔で通り過ぎていった。

もしかしたら疲れているのかもしれないな

再び歩き出すと

「カツン コツン・カツン コツン」

今度は振り向かずにショーウインドウに映る人影を探ってみた、

ショーウインドウの中の男は

含み笑いをしながら首を何度も振っている、

口元は笑っているのに眼は笑っていない、

「なんだ、わけを知っているのか」

再び首を振る、

「仲間なんだろう・・・」

そんなやり取りをしている間は、確かにあの足音がしない、

「それじゃ、あれは私の足音だとでも言うのか」

私の靴は散歩用に買ったばかりで、なるべく音のしない靴を

選んだばかりなんですよ、

ほら、こんなに歩いてみたって靴音はしないでしょ。

気にしすぎるのかもしれない、

大きな深呼吸をして歩き出す、

霧のような雨が顔を濡らす、

この街はもう半世紀も前から歩きなれ路で、どこを歩いたって

知らない路なんかないのさ、

こんな妙なことは初めてだよ、

歩きながら耳を澄ましている、

確かに足音は消えている、

「やっぱり気のせいだったのか」

その時でした、

「フフフッ、フオフオフオ!」

目の前を男がふんわりと身体を浮かしたと思うと

空に向かってすーっと登っていくじゃないですかね、

「おい、待てよ!さっきから私の後ろをつけていたのは君か・・・」

「フフフッ、フオフオフオ!」

片手にコウモリ傘を開いて、まるで天から吊るされているように

夕闇せまる雨の空へと登っていくと、やがて豆粒のように小さくなって

視界から消えた。

そうか、噂には聞いていたが、「雨男」はあいつだったのか、

ああして空から落ちてきた雨粒が、水たまりになると、急に姿を変えて

空に戻って行くんだって、

あっ!またひとり雨男が空に舞い上がっていくよ、

きっと今夜は雨が降り続くにちがいない・・・