「よう散ちゃん、何かいいことあったのか」

その声は源さん、

振り向くと珍しく素面(しらふ)ですよ、

「なんでそう思うのさ」

「そりゃ、向こうから口元にやけて

歩いてくれば誰だってそう思うだろ」

「別にアタシは何もないけれど、

浅草が賑わってくると嬉しいじゃないか、

だって歩いてる人がみんな笑顔なんだもの、

笑顔は伝染するんだよ」

「そういえば、苦虫つぶしたような爺に会うと、

コッチまで気分が滅入っちまうからな、

そりゃ笑顔がいいに決まってるわな」

「ところで源さん、今度会ったら聞いてみようと

思ってたことがあるんだが・・・」

「何だよ、急に改まって」

「いつも酔っ払ってるから中々聞けなくてさ」

「オレだってたまには飲まない日があるさ、でも難しいことは

聞いたって無駄だぜ、オレ、考えるの得意じゃないからな」

「あのさ、欲望に上手に付き合う方法は何だね」

「欲望!なんだ女が出来たか」

「そう短略的に考えるなよ、

 あのさ毎日心地よく生きる術は何かということさ」

しばらく腕組みしていた源さんが

「そりゃ、難しいな、欲望の塊のオレにきくとは

 散ちゃんも人が悪いぜ」

「だって、生真面目な人に聞いたって

面白い答えは返ってこないだろ」

「うーん・・・」

こんなに真面目な顔の源さんは初めてですよ、

源さんの口から飛び出したのは

「そりゃ、ほどほど ってことかな」

「いつもの源さんみたいに

 ちゃらんぽらんにやるってことかい」

「オレが真面目に考えてるのに、チャカすなよ、

 もっといいことがあるかもしれないと考えないことさ、

 だからほどほどがいいんだ」

「ほどほどか、それって出来そうで出来ないことかもしれないよ」

「なーに、簡単さ、金でも仕事でも貰ったら

 これで十分ですって思ううことさ、

 そうすりゃ愚痴もでやしないさ、

 後は酒飲んで寝ちまえば本日は終わりってな」

「オレはオレ、他人は他人、比べたって仕方ないだろ、

 所詮人間のつくりがみんな違うんだからよ、

 朝になれば鶏が鳴くし、夜になれば犬が吼える、

 自然のことは逆らわないのさ、理屈つけたって

 ダメなモノはダメだってことだけ判ってりゃ

 悩むこたぁないだろう」

アタシはじっと源さんの言葉を噛み締めておりましたよ、

「源さん、ちょいと付き合いなよ、勿論、アタシのおごりで」

「何だよ、まだなんか下心があるのか」

「いや、なんだか急に嬉しくなっちまったからさ」

いつもの店で御銚子三本カラにしたら元の源さんがそこに

おりましたよ、

「そろそろお開きにしないか」

「アッ、逃げるのか 卑怯者!」

やれやれ、酒もほどほどにしてくれたらいいのにね、

千鳥足の源さんを抱えて送っていくと、女将さんが

「散ちゃん、また飲ましたのかい、ほどほどにしておくれよ」

アタシは何度頭を下げてほうほうの手で逃げ帰ってまいりました、

嗚呼!源さんはいいな、周りをみんな笑顔にしれくれるものね。

浅草は人が笑顔になれる町 ってか。