「カツン、コツン カツン、コツン」

新に出来た都会の路はビルの間を縫うように地下道になって

いる、一日中電灯の明かりに照らし出されたその地下道を

歩いていると、今が昼間なのか、夜なのかわからなくなる、

黙々と歩く人の不安を消すための計らいなのだろうか、

無機質な壁面を埋めるように壁画が描かれている、

所々に何も描かれていないスペースが逆に目を引いてしまう、

小さな貼り紙に

「落書き禁止」

思わず立ち止まって沈思黙考、

壁画と落書きの違いとは何だろう、

例えば、誰が見ても素晴らしいと感じる絵が其処に描かれていても、

許可を得ない者の描いた絵は やはり 落書き になってしまうのだろうか、

壁画と落書きの違いは、お上(管理者)の許可があるかないかによって、

芸術とみなされたり、落書きと断罪されるということになるのか、

いずれにしても、公共物への作品は、許可のあるなしで判定されるというわけで、

描かれた作品の良し悪しは二の次ということになる、

実は、落書きには永い歴史が潜んでおりましてね、世の悪政を批判する匿名の落書

などは、国民の意思が現れたりする貴重なモノでもあったのでして、

一概に落書きはまかりならんとは言えないところが、人間社会の懐の深さを

表したりするのですよ。

だからといって落書きを勧めているわけではありませんよ、

現代の匿名性の落書きは、インターネットにとって代わられたようで

街の中から 落書きは減ってきたように感じますがね。

立ち止まってその壁画を眺めている後ろを、靴音を響かせてひとりの女性が

通り過ぎていった、

規則正しいその靴音に、健康な若い命を背中で感じていると、

突然、その足音が消えた、

振り向くと、その女性の姿が無い、

「はて、一本道のはずだが・・・」

耳を澄ますと、何処から聞こえてくるのか ゴーッ!という音がする、

その音を頼りに歩を進めると、壁面に黒い隙間がある、

思わず手を差し出すと

明らかに冷たい風が吹き上げている、

「何だろう、これは・・・」

そのチャックの端を掴んで引っ張った瞬間、

「アッ!」と声をあげる間もなくその暗い隙間に吸い

込まれてしまった。

「カツン、コツン カツン、コツン」

どれほどその場に倒れていたのか、時間の観念が全くない、

恐る恐る目を開けると、微かな明りがあたりを照らしている、

「あっ、また女性だ、先ほどの女(ひと)だろうか」

然歩を規則正しい足取りで歩いている、しかし、一向に

遠ざかる気配が感じられない、なのに足音だけがあたりに

響いているのです。

「カツン、コツン カツン、コツン」

怯えながら、立ち上がるとその女性の後を追ってみた、

「カツン、コツン カツン、コツン」

こちらが小走りに歩いているにもかかわらず、

その距離が狭まることがない、

「どうなってるんだ」

やがて、その暗がりの階段の先で女性の姿が突然消えた、

そしてあの靴音も、

その階段の先は暗闇の中へ落ち込むように階段そのものが

消えているのですよ、

「もしもし、何か御用ですか」

三つ揃いの背広の老紳士が後ろから声をかけたのだ、

「此処はどこですか」

「あなたの来るところではない、あなたはまだ若い、

 その階段を踏み外してはなりませんぞ」

「私はどうすればいいのですか」

「来た道を戻ることです」

「実はどこから紛れ込んだのか皆目判らないのです」

しばらく考えていた老紳士は、ポケットから鍵の束を取り出すと

目で合図をした、

どうやら付いてきなさいということらしい、

最初の扉の鍵穴に鍵を差し込むとその扉は音もなく開いた、

微かに音楽が聞こえている、

「この道を真っ直ぐ行きなさい、決して振り向いてはなりませんぞ」

歩くに従って、音楽ははっきりと聞こえた、

「クリスマスソングじゃないか」

突然現れた喧騒の人波、

「此処は六本木じゃないか」

すると先ほどの街は・・・

止そう、人に話しても誰も信じやしないだろうから、

何食わぬ顔で夜の街を歩き出す、

「あっ!、先ほどの女性だ」

「カツン、コツン カツン、コツン」

足音だけがだんだん遠ざかっていった夜の都会の中でのこと・・・